13-30 士気高揚! 帝国軍は気勢を上げる!

 意気消沈する王国側の城砦に対して、帝国側の陣営は大いに盛り上がっていた。


 城砦の堅い守りに阻まれた挙げ句、用意していた大水の罠で被害が拡大。多数の戦死者を出したにもかかわらず、その士気は高かった。


 怪気炎を上げ、自分達の総大将である皇帝ヨシテルを讃えた。



「皇帝陛下万歳! 我らが最強の戦士よ!」



 これを揃いも揃って連呼しているのだ。


 帝国は基本的に、まとまりのない集団であり、国家と名乗ってもいいのかと疑問視されるほどだ。


 それもそのはず。部族単位でまとまり、他部族との抗争に明け暮れては、離合集散を繰り返すのが、ジルゴ帝国の内情なのだ。


 食うか食われるかの弱肉強食の世界がそこにはあり、強い部族は弱い部族を従えたり、収奪を欲しいままにしても良いと考えるのが、国内の常識であった。


 しかし、そんな彼らが唯一の例外とするのが、“皇帝”という絶対者が現れた時だ。


 皇帝は最強の存在でなくてはならず、そうでなければ誰も従わない。力こそ全て、強者こそが法、これが帝国の流儀であり、その体現者として皇帝が存在するのだ。


 だが、普段はそんな者など存在しない。全部族を束ねるほどの猛者など、そう簡単には現れることはないからだ。


 その例外的な存在として、現在の皇帝位にはヨシテルが玉座に座しており、その実力を目の当たりにした部族は、例外なく頭を垂れていた。


 力を示すためとはいえ、各部族の猛者や腕利きの戦士らを屠って来た。屠ると言う事は帝国の戦力低下を意味するが、意に従わせるには力を示すしかない。


 相反する状況にヨシテルは辟易としていたが、それも今日この瞬間に終わりを告げたと確信した。



「皆、見たであろう! これが我の力である! 帝国の皇帝の力である!」



 愛刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』を高らかに掲げ、その禍々しい魔力を帯びつつも、陽光に煌めく姿に帝国軍の将兵は更なる歓声を上げた。


 それに釣られて、周囲の兵士らも自らの得物を天に向かって掲げたり、あるいは拳を突き上げたりと、それに倣った。



「うぉぉぉ! 皇帝陛下万歳! 皇帝陛下万歳!」



「陛下こそ最強の戦士だ!」



「我らもそれに従うぞ! 戦はこれからだ!」



 帝国軍が受けた損害は大きい。戦死者だけで四、五千は数えることができ、序盤でこの損害は手痛いどころではなかった。


 だが、それ以上の戦果を得たからこそ、帝国軍の士気は高いのだ。


 なにしろ、皇帝ヨシテルがたった一人で戦況を覆した。これがあればこその歓声だ。


 単騎で突進し、敵将を負傷させ、さらに追加でやって来た火の大神官すら軽く蹴散らし、その武威を敵味方に示したのである。


 特に、火の大神官アスプリクとの果たし合いを制したのは大きかった。


 アスプリクは王国側最強の術士であり、幾度となく帝国側と戦ってきた経緯があった。特異な容姿も相まって、帝国側にも広く知られており、王国に属する者で最も警戒すべき相手と認識されていた。


 ところが、いざ蓋を開けてみれば、皇帝の圧勝である。一対三という不利な状況にあり、強烈な術式を繰り出してきたが、それを皇帝は刀の一振りで吹き散らしたのだ。


 分の悪さを悟ってか、先方は尻尾を巻いて逃げ出し、皇帝ヨシテルは悠々自陣に引き上げることができた。



「ヘッ! 火の大神官なんて恐れるに足りねぇぜ!」



「見てろよ! 次はあんな城壁、越えてやるぜ!」



「敵将の首を挙げるのは、俺の部族がいただくぜ!」



 なおも叫び続ける周囲に愛して、ヨシテルは軽く手を振って応えつつ、その間をゆっくりと進んだ。


 そこに、近侍である牛頭人ミノタウロスが現れた。


 その手には直垂ひたたれが握られており、それをヨシテルに差し出した。


 着ていた鎧も、下着もほとんどボロボロであり、とても凱旋した皇帝とは思えぬ服装であった。


 不格好な姿は皇帝の権威を傷つけかねないため、それを慮っての行動だ。


 ヨシテルは満足そうに頷きつつそれを受け取り、バッと羽織った。



「ご苦労であった。士気が上がるのは結構な事だが、負傷者もかなり多い。休めるときに休ませよ」



「はい、仰せのままに」



 武骨者ばかりの近侍であるが、ヨシテルが選んだだけあってそれなりの礼儀作法や頭脳労働を心得ている者であり、指示さえちゃんと出しておけば、方々に伝達してくれるため、最低限の仕事はこなせていた。



(と言っても、カシンがおらぬと、事務処理が滞るのがやはり難点だな)



 なにしろ、“国家”を運営する上での文官があまりに少なすぎるのが、帝国側の最大の欠点であった。


 頭数こそ多いが、それを活かしきるためには兵站線の維持が欠かせず、それに多くの労力を割いているのが現状だ。


 この文官の大半は『六星派シクスス』の所属員であり、カシンの部下達だ。


 帝国の亜人連中はとにかくこの手の事務作業ができない。


 彼らにとって、内政とは傘下の部族からの上納の事であり、外交とはすなわち略奪や襲撃を意味する。


 産業は徹底した農奴制農業と多少の鍛冶程度であり、人間社会にあるような高度な工房や収量の良い農場など存在しない。


 装備品や物資が劣るのはこのためであり、せめて国境を越えて人間世界を略奪せねば、今後の進展が望めないのが帝国の足場の脆さであった。



「明日も攻撃を仕掛けるが、今日後方に下げていた部隊を前に出す。その手配も忘れるなよ」



「かしこまりました」



「まあ、おそらくは討って出ないであろうから、挑発だけに終わる可能性もあるがな」



「そうなった場合、積極的に攻めないので?」



「標的を待つ、っといったところか」



「はぁ、なるほど」



 いまいち状況を掴めていないのか、近侍の返事にも元気がない。


 そもそも、帝国側も一部の幹部を除けば、王国領への大規模侵攻と、それに伴う略奪が目的だと説明されていた。


 松永久秀、すなわちヒーサ・ヒサコ兄妹の生け捕りが主目的であるとは、ほとんどの者が知らされていないのだ。



(出て来れば、いくらでも蹴散らしてやるのだが、あの城壁を剣技のみで突破するとなると、こちらも消耗しすぎる。そこを襲われてはたまらんからな)



 桁外れの再生能力を持つヨシテルであったが、決して無敵の存在と言うわけではなかった。


 それが体力には限度がある、と言う事だ。


 受けた傷は再生されるが、消耗した体力はそのままなのだ。


 技を使い続けて戦っていれば、いずれ体力が底を突き、息切れしてしまうというわけだ。


 それさえなければ、それこそ一人で城砦を破壊する事すら可能なのだが、それほど都合よく体ができているわけではない。


 無論、魔王としての力が備わっているため、常人とは比べ物にならないほどの体力であり、消耗戦を仕掛けるにしても相当な犠牲を必要とする。



(兵力が、すなわち我の体力でもあるからな)



 なにも消耗戦を仕掛けるのは、あちらもこちらも同じだ。


 王国側がヨシテルに消耗戦を仕掛けるように、帝国側もまた数の利を生かして攻めかかると言う手段が取り得るのだ。


 ヨシテルの体力を削り切れるのか、その際に隙を突いて仕留めれるのか、そこが今回の戦の勝敗を分ける要点と言えた。



(もっとも、私の体の秘密に気付かぬ限り、とどめを刺すことはできんがな)



 その“秘密”に気付かない限り、何度でも復活できる。これがヨシテルの絶対的な自信の根拠だ。


 そして、先程の戦いにおいて、アスプリクはその“弱点”を突ける状態にありながら、早々と引き揚げて好機を逃していた。



(温いぞ、火の大神官。いや、慎重になった結果と言うべきか。まずは一当てしてこちらの情報を探り、本隊が、ヒーサが到着するのを待つと言ったところだろうな)



 そう予測したが。ヨシテルとしてもそれは望むところであった。


 なにしろ、今すぐにでも抹殺してしまいたい仇敵が、のこのこやって来てくれるのだ。これほど待ち望んだ状況はない。



(とはいえ、カシンとの約もある。まずは生け捕りだ。カシンも後方を扼することになるし、さて松永久秀よ、どう動くか?)



 ヨシテルが見据えるのは、城壁の遥か先。こちらに向かってくるであろう、ヒーサこと松永久秀へと向けられていた。


 早く切り刻んでやるぞ無言で意気込み、腰に帯びた刀を無意識のうちに掴んでいた。


 積年の恨みを晴らす時は近い。ヨシテルは高揚する心を抑えるのに必死であった。

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