悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
13-29 堅守! 増援の到着まで持ちこたえよ!
13-29 堅守! 増援の到着まで持ちこたえよ!
皇帝ヨシテルに背を向け、空を飛んで城砦に引き上げたアスプリクら三人であったが、当然ながら出迎えた将兵の表情は重い。
アスプリクは火の大神官として長年前線に立ち、ジルゴ帝国からの略奪目的の侵入者相手に奮戦してきた経緯があった。
三年前の大規模侵攻の際にも獅子奮迅の大活躍を見せており、その実力は前線の将兵からの評価は高い。
実際、先程の戦いぶりは見事としか言いようがなく、豪快に飛び交う術式の輝きは人々を圧倒した。
(でも、それ以上に皇帝の“ヤバさ”が伝わっちゃったもんね)
この点は弁明の仕様もなく、アスプリクも頭を掻いて誤魔化すしかなかった。
強烈な術式を叩き込んだにもかかわらず、相手はピンピンしているのだ。
ズタボロにはできても、時間を巻き戻しているのかと疑うレベルで傷がみるみるうちに再生し、なかった事にしてしまった。
敵も味方もそれを目撃しており、その力の前に王国最強のアスプリクが尻尾を撒いて逃げ出したのだ。
これからどうするんだよ、というのが城砦に籠る王国側の将兵の偽らざる本音であった。
「アスプリク様、御無事で!」
声をかけてきたのはアルベールだ。
アルベール自身、実際に皇帝ヨシテルと剣を交えており、その実力を体感してきた。それだけに、あの不気味な剣豪相手によく生き残れたと、安堵もしていた。
もちろん、アスプリクの実力を以てしても攻略の糸口を掴めなかった事は、当然ながら不安には思っていた。
「ちょっと斬られた程度だよ。まあ、本当に正真正銘のバケモンだわ、あれは」
アスプリクは頬を斬られており、今はライタンから【
白い肌から赤い筋が消え、元通りの白無垢の肌が戻って来た。
跡が残ってないかをアスティコスが心配そうに眺めていたが、どうやら術士の腕が良く、痕跡一つ残さず治すことができた。
「これを常時やっているようなもんだしね、あの再生能力。一発で全部吹っ飛ばすくらいじゃないとダメかしらね」
間近で見ていただけに、アスティコスもヨシテルの恐ろしさは身に染みていた。
なにしろ、自分が使用できる最強の術式である【
それが通用しなかったことに、頭を抱えざるを得なかった。
「恐るべき相手です。ちまちました遠距離戦での削りでは再生能力で意味をなさず、近接戦では最強の剣士! 隙がありませんな。“魔王”を名乗るだけのことはあります」
ライタンとしてもお手上げであった。
折角の復帰第一戦だと言うのに、完膚なきまでの敗走で終わってしまった。
手柄を立てて、法王僭称の件をうやむやにしなければならないと言うのに、これではいくら何でも様にならないと頭を抱えて嘆いた。
「ならば、明日、再戦しますか? 前衛は私が勤めて、アスティコス殿とライタン殿がその補助。アスプリク様が決めに行く、という形で」
「アルベール、それはダメ。次に関して言えば、必勝を期さないといけない。なにしろ、次に負けたら、士気が崩壊しかねないからね」
チラリと見渡す限り、城壁上に並んでいる将兵の顔色は暗い。攻城戦のやり取りとしては大勝利であるにもかかわらず、皆が揃って浮かない顔をしていた。
それもこれも、ヨシテルを倒すことができるか、それが心配だからだ。
「必勝を期す、ですか。具体的な策は?」
「ない。強いて言えば、ヒーサが到着するまで持ちこたえる、かな?」
「公爵閣下、をですか」
策らしい策がないのに、自信満々に言うアスプリクに、アルベールは首を傾げた。
確かに、ヒーサは多くの兵を率いて向かって来てはいるが、それであの剣豪皇帝を倒せるのかと言う点では疑問であった。
「……兵士をぶつけて、命と体力を交換する、などとは言いませんでしょうな?」
「さすがにそこまで苛烈な作戦はないよ。まあ、いざとなったらヒーサはやるかもしれないけど、僕の考えは別のところにある」
「と言うと?」
「まず、ルルの回復。今は後方で休んでいるんだよね? あれほどの術士をぶつけない手はないし、その回復を待つ意味での時間稼ぎ。そして、ヒーサ自身は“個人”としてはあまり戦力にはならないだろうけど、その代わりに“絶頂”ものの知恵の持ち主だ。案外、いい方法を見つけてくれるかもしれない」
その意見にはアルベールも納得であり、頷いて賛意を示した。
なにしろ、半年近く敵地で行動を共にしていたヒサコが、絶対的な信頼を置く兄なのである。兄妹揃って冠絶する知恵者であり、その助言や指示は大いに期待できた。
なお、ヒーサとヒサコが同一存在であることは、この場ではアスプリクとアスティコスの二人だけである。
「それにね、今回はティースも同行しているんだよ」
「公爵夫人もですか?」
「王都でさ、枢機卿のロドリゲスを“勢い余って”殺しちゃったから、そのほとぼりを冷ます意味を込めてね。手柄を立てて帳消しにするつもりなの」
「競争率が高いですな、皇帝の首は」
「そりゃね。皇帝を討ち取った者が、間違いなく勲功第一の座を手にするしね。誰だって欲しいさ」
実際、アスプリクも皇帝の首をガッツリ狙っていた。
王都での騒動に自分がしっかりと関わっており、立場がかなり危ういのだ。ヒーサ・ヒサコの取り成しでどうにかなったが、だからと言って宰相殺しの罪が消えたわけではない。
故意ではなかったにしろ、兄である宰相のジェイクを殺してしまったのは、他でもないアスプリク自身なのだ。
前線で手柄を立てて状況を好転させる。そのためだけに着たくもない法衣に再び身を包み、危険な前線勤務を買って出ている状況だ。
しっかり働かねば、擁護してくれたヒーサに申し訳が立たないのだ。
「んでさ、ティースの側には従者として、マークがいつもいるんだよ。マークは優れた術士だ。実力的には、僕の次くらいには使えるよ。ヒーサに言わせれば、敵になったら僕より厄介とさえ評価している」
「なんと、そんな実力者が潜んでいたのですか!」
「まあ実際、“隠遁者”として実力を隠して、伯爵令嬢だった頃のティースの従者、諜報員として動いていたからね。その実態を知っている人は結構少ない」
「それは心強い! そうなると、確かに下手に討って出ず、堅守するのが望ましいですな」
次善策はないと言いつつ、しっかりと提案をしてくるアスプリクの冷静さに、アルベールは敬意を示して頭を下げた。
齢にして十四の少女であるが、すでに戦場は場慣れしている感を出しており、それがギリギリ作用して、崩れかかっていた士気を維持してくれていた。
「で、アルベール、堅守するとしてさ、僕らが到着する前の攻城戦の被害状況はどうなんだい?」
「ハッ! こちら側は戦死者二百名、負傷者は五百名と言ったところです」
「まあ、あの大軍に攻められてその程度なら、上出来といったところかな」
「正直、ヒサコ様の設計や策がピタリとハマったからではありますが」
「それを寸分違わず使いこなすのも、守将の腕前と指揮統率のおかげさ。武功あり、と誇ってもいい。ヨシテルから逃げ出したのは、まあ、事故くらいに考えて、切り替えていきなよ」
アスプリクはポンポンとアルベールの背中を叩き、戦友の労をねぎらった。
なんとも救われた気分になり、アルベールは恐縮してもう一度頭を下げた。
「敵方の損害は分かるかい?」
「さすがに大水で流されてしまったため、正確な数は把握しかねますが、ざっと四、五千は討ち取ったかと思います。負傷者を含めれば、ゆうにその倍はいるかと」
「うん、良いじゃないか! 攻城戦では守備側が有利と言っても、この
「そう言っていただければ、兵士らの励みにもなりましょう」
「結局、どうにかなるか、ならないかは、あの皇帝の動き次第というわけか」
「ですな」
皇帝が動き出せば止められない。それを身に染みて分かっている二人からは切実な願いがあった。
(どうかヒーサが到着するまで何事もありませんように!)
これを祈りつつ、城壁上から少し遠くに見える敵陣をジッと見つめるよりなかった。
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