13-18 完敗! そして、皇帝は手を差し伸べる!

 アルベールとルルの連携攻撃は失敗した。


 申し分のない攻撃であったが、皇帝ヨシテルの方が上手であった。


 ルルは気絶し、アルベールもまた鎧に足形が付くほどの蹴りを入れられ、深刻なダメージを負った。



「ぐ……。これほどとは! あの状態からひっくり返すか、魔王め」



 もはや戦うべき力はアルベールには残されてはいなかった。


 腕は凍傷と痺れ、腹には蹴りによるダメージ、しかも補助術式をかけてくれていたルルは気絶している。


 完全に手詰まりだ。


 そんなアルベールに対し、ヨシテルは勝者の余裕と、魔王としての器量を示してきた。


 刀は握ったままであったが、その表情は倒れる二人に敬意を払う穏やかなものであった。



「見事だ、アルベール、そして、ルルよ。汝ら兄妹は本当に称賛に値する。我に奥の手、【居合の秘剣・御雷みかずち】まで使わせたのだからな」



 そして、ヨシテルはゆっくりと足を踏み出し、倒れている二人に近付き始めた。



「汝らの予想通り、【居合の秘剣・御雷みかずち】は“返し”でな。足を止めて刀に意識と魔力を集中させねばならん。いわゆる“溜め”の時間も必要なため、技としては欠陥もいいところだ。相手が踏み込んでくることを前提とした技だからな」



 楽しそうに説明するヨシテルであったが、アルベールにはもはやそれは死出の誘い文句にしか聞こえなかった。



「だが、今の我には、強力な再生力がある。飛得物ひえものでちまちま削るのが不可能だ。ならば、危険を承知で突っ込まざるを得ない。ゆえに、この欠陥技が必殺の一撃へと昇華する」



 ゆっくりと近付くヨシテルに、もはやアルベールは抗う術を持たない。今となっては、気絶しているルルを抱えて、下がる事すらできないのだ。



「【居合の秘剣・御雷みかずち】の特色は、斬撃と電撃の合わせ技だ。居合による神速の斬撃、そこからの電撃による第二撃。仮に斬撃を止めても、第二撃で打ち据えられる。空振りを誘ったとしても、荒れ狂う電流に巻き込まれて動きを制され、第二動作の“突き”が飛んでくる。決して防げんぞ」



 丁寧に読み上げられる先程のやり取りに、やはり魔王は桁外れに強いと、認識させられたアルベールであった。


 まるで死刑宣告文でも、読み上げられているかの様に感じた。


 そして、もはやまともに動けないアルベールと、気絶したルルの前に魔王が立った。


 二人を見下ろす視線はどこか物憂げであり、そこには魔王と言うべき気配が微塵も感じることは出来なかった。


 刀もいつの間にか鞘に納まっていた。



「粉々に砕けた剣もまた、汝の腕前の証。並の腕ならば、剣は弾き飛ばされていたであろう。砕けたのは、あの激突の衝撃にあって、なおも最後まで握り続けていたと言う事。見事だ、アルベールよ」



 磨いてきた剣技を、混じり気のない純真な評価を受けたのだ。武人としては誉以外の何ものでもなかった。


 それを成したのが、“敵”である事を除けば。



「さて、アルベールよ。二対一で完膚なきまでに打ちのめされたのだ。彼我の戦力差は歴然。ゆえに、今一度尋ねよう。我に下れ。悪いようにはせん」



 皇帝にして魔王たるヨシテルに、再び手を差し伸べられた。


 だが、アルベールの答えは先程と変わらない。ただ、忠義に尽くすのみであった。


 心残りがあるとすれば、それは妹の事であるが、それもまた詮無き事であった。


 仮にルルだけの助命を乞うたとしても、聞き入れるとも思えないし、何より兄の仇討ちと称して、暴走する危険もあった。


 この後に及んで、離別を望むつもりもまたなかった。



「断る! 私の答えは決して変わらん! さあ、二人まとめて首を刎ね、以て皇帝の武威とやらを示すがいい!」



「変わらぬか?」



「くどい、と言ったはずだが?」



 やはり変わらぬ回答に、ヨシテルは空を見上げ、どこかを虚ろに見ながらため息を吐くだけであった。



「ああ、誰も彼もするりとこぼれ落ちる。なぜ、生きようとしない。なぜ、死をこうも素直に受け入れる。生を掴もうとしない。矜持か、生き様か、美しくはあるが、あまりにつまらぬ。これもまた、戦国の倣いか。致し方ないことなのか」



 ヨシテルもまた、かつては戦国の世にあって、切った張ったを繰り返してきた男である。


 応仁の乱より百年の時を数え、なおも収まらない血で血を洗う戦国の世。幕府を復権させ、世に秩序をもたらそうと血眼になるも、より強大な“我欲”の前に倒れることになった。


 その醜悪さたるや、ヨシテルの頭の中に言葉で綴らる字句を持ち合わせてはいなかった。



「桜の花はな、散るからこそに美しい。だが、それを語り継ぐ者なくば、その美しさを知る者はいなくなる。誰も彼も死に急ぎ、あるいは花を踏み躙っても、心を揺り動かさぬ粗忽者ばかりが残る。嗚呼、世の無常を正し、戦国を終わらせる事が、いつ叶うのであろうな、アルベールよ?」



「無学ゆえ、お答えしかねる。されど、それは剣以外のやり方でこそ、なされるべきではないでしょうかな?」



「それもまた、道理であるな。剣によって生み出されし者は、剣によって倒れるものだ。ならば、平和な世にあっては、夢を、楽を、与えねばならんか」



 数奇者すきものが必要だが、それは断固として拒絕せねばならない事でもあった。


 何しろこれから戦うべき“あの男”は、天下に名の知れた数奇者ではあるが、醜悪極まる我欲の権化でもあるのだ。


 決して相容れないし、受け入れてはならない諸悪の根源でもあるのだ。



(あれは、人間の醜さをそのままさらけ出した存在だ。決して認めてはならん!)



 危うくアルベールとの問答で、忘れかけていたそれを思い出した。


 そして、ヨシテルは柄に手をかけ、ゆっくりと名残惜しむかのように刀を抜いた。



「では、さらばだ。忠義と勇気を体現せし者よ。汝の尊き意志は、長く語られていこう。せめて苦しまず、妹共々一刀のもとに葬ろう」



 ヨシテルは愛刀を握る手に力を込めた。


 深く呼吸をして、愛しむべき“大名物”を自らの手で損なう事を、僅かばかり躊躇いながらも、握る手の力はまさに本物であった。


 世の無常を嘆きながらも、それもまた戦国の倣いであると言い聞かせ、自分を奮い立たせるのであった。

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