13-4 鎧袖一触! 剣豪皇帝の秘剣!

 皇帝ヨシテルは手にする肩を振り上げ、そして、静かに待った。


 どこをどう見ても、大上段からの斬撃を繰り出しますと言っており、それが却って隊長を困惑させた。



(徒歩の状態で、騎兵に対して足を止めて上段斬りの構えだと!?)



 騎馬九騎に囲まれ、逃げると言う選択肢が取れない以上、戦うのは当然だとしても、足を止めて戦うなど自殺行為と言うものだ。


 だが、ヨシテルは上段に構えたまま、ピクリとも動かない。仕掛けてくるのを待っているようであった。



(ならば、望みどおりに!)



 隊長が仕掛けた。構えているヨシテルに向かって、真正面から馬を突っ込ませたのだ。


 武器は敢えて持たず、馬での体当たりを意図しての突撃だ。


 しかも、それに合わせるかのように、真反対から、すなわち、ヨシテルの背中から一騎、仕掛けた。



(馬の体当たりで吹き飛ばす! それでしくじったり、あるいは馬を切られたとしても、真後ろから襲われるぞ! これで仕留める!)



 前後からの挟み撃ち。隊長自らが囮役を務めるという、大胆な判断だ。


 だが、勝機は十分すぎるほどにあった。正面から馬を突っ込ませれば、徒歩の相手など吹き飛ばすことは容易だ。軍馬との衝突など、耐えれる人間などない。


 仮に構えを解いてかわしたとしても、背後からは別の攻撃が迫っているし、それを凌いだとしても、二の矢、三の矢は控えている。


 どう転んでも、勝利の道筋ができている。犠牲が出るとすれば、それは自分の乗馬であるが、皇帝の首が取れるのであれば、十分すぎる“おつり”というものだ。


 だが、そんな計算など、文字通り、一刀の下に斬り捨てられた。



「【秘剣・一之太刀いちのたち】!」



 大上段から振り下ろされたその一撃は、常軌を逸していた。


 隊長の予想通り、馬は斬られた。予測と違っていたのは、威力が強すぎて、馬どころか自分自身まで木っ端微塵にされたことだ。


 振り落ろされた刀は、馬を切り裂き、人も斬り割き、地面に命中すると同時に大穴すら空けた。人と馬の血肉が豪快に吹き飛び、さながら赤い噴水と言った禍々しい光景であった。


 だが、それでも怯まないのは、歴戦の兵士の証であった。


 隊長が予想外の討死となったが、それは敢えて無視して、背中から馬を走らせていたもう一人が、振り下ろしの体勢で硬直しているヨシテルに向かって攻撃を仕掛けた。


 鎧も兜も見事な設えであり、生半可な斬撃では刃を通せそうになかったが、首が垂れている状態であったため、頸椎が晒されている状態であった。


 ここが隙だと咄嗟に判断し、馬の加速に乗せて突きを放った。


 だが、その攻撃は“空”を切った。何の感触もなく、すり抜けたのだ。


 その直後に背中に気配。完全に死が背筋を嘗めまわしている、そう言う感覚を覚えた。



「【秘剣・神集かすみ】!」



 硬直していたのは、ヨシテルが用意した幻影。血飛沫に映像を乗せ、さも硬直しているように見せかけて空振りを誘ったのだ。


 本物は大きく跳躍して、すでに頭上で身をひるがえしており、意趣返しとばかりに、相手の頸椎に突きを差し込んだ。


 挟み撃ちは、完全なる失敗で終わった。


 だが、ヨシテルの攻撃は終わらない。挟撃に失敗して、二人も落命し、動揺が走る相手に、さらなる一撃を加えた。


 着地と同時に腰を落とし、盛大に叫びながら刀を横に薙ぎ払った。



「うぉぉぉお! 【秘剣・浮舟うきふね】!」



 それは水面を引き裂く船のごとき衝撃波。そう称するべき、見えざる斬撃であった。


 その透明なる刃は相手を完全に捉え、胸の辺りで鎧ごと真っ二つに横一文字で引き裂いた。


 上半身はそのまま血飛沫を飛ばしながら地面に落ち、下半身は馬と共に走り去った。



「これで三人! さあ、どうする!?」



 一喝するヨシテル。


 下がると言う選択肢もあったが、臆病風に吹かれることもなく、残った六名もまたヨシテルに向かって突っ込んだ。



「その意気や、ヨシ! 我が究極奥義にて葬ろう! 【秘剣・まろばし】!」



 何かがするりと駆け抜けた、そう感じるだけの時しかなかった。


 カチャリという刀が鞘に収まる音と、六名分の血飛沫が噴き上がるのが、ほぼ同時であった。


 斬られたと感じる事すらなく、馬上の六名は縦に、横に、あるいは斜めに斬り裂かれた。


 片付いたなと思い、ヨシテルが少し遠くに視線を向けた。そこには戦闘が始まる直前に離脱した最後の一人がいた。


 遠目で確認しようがなかったが、おそらくは目をひん剥いて驚いているであろうことは、なんとなく分かった。


 完全包囲の状態で、騎馬九騎が、徒歩一人に一方的に斬り伏せられたのだ。驚くなと言う方が無理というものであった。


 馬首を返し、一目散に駆けていくのが見えた。


 しかし、ヨシテルはこれを追撃しようとは思わなかった。



「まあ、我が来たことを喧伝してもらわねばならんからな。せいぜい、誇張するくらいに吹聴するがよい。そう、あの外道の耳に届くくらいにな」



 あくまで狙いはヒーサこと、松永久秀である。まずは仇敵を目の前に引きずり出すことが目的であり、自分がいることを伝えてもらわねばならなかった。


 あの偵察部隊の生き残りが、これ以上なく方々に伝える事だろう。上役を経て、王宮にいるであろう標的に報告が届くのもそう時間を置かずに達せられると考えた。



「さて、あとはこちらの軍勢を待ちつつ、敵領に迫るとしよう。しかし、我が軍は徒歩ばかりで、どうにも動きが鈍いな。大物見のためにも、やはり騎馬が欲しいところだな」



 埒もない事だと、ヨシテルは不敵な笑みを浮かべた。


 まだはるか後方にいるであろう、自軍の方角を見ながら、ゆっくりとそれを待った。

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