13-5 急報! 出陣の準備を急ぎ進めよ!

 ジルゴ帝国皇帝、ついに出陣す!


 その報告は偵察隊の唯一の生き残りから、アーソに駐留するアルベール将軍の下へもたらされ、即座に王都ウージェへと早馬により伝えられた。


 現在、王都ではシガラ公爵家のヒーサ・ヒサコ兄妹を中心にして、急速に改革がなされていた。


 新国王マチャシュは、なにしろ生後半年もたっていない乳飲み子であり、当然ながら政務を執り行う事が出来ない。その代理人として二人が中心となって動いているのだ。


 なお、ヒーサの中身は戦国日本の梟雄・松永久秀(まつながひさひで)であり、女神テアニンの導きによりこの世界に異世界転生してきたのだ。


 ヒサコもまた、スキル【投影】によってヒーサに生み出された分身体であり、現在の宮中は実質一人が強力な権限を有する状態になっていた。


 数多の謀略の果てに手にした地位であり、下剋上を成した乱世の梟雄、その面目躍如といった感じであったが、それを破壊する者が早速現れた格好だ。


 緊急事態という事もあって大急ぎで会議の場が設けられ、国の重鎮達が顔を揃えていた。



「さて、皆様方、お忙しい中、お集まりいただき感謝いたします」



 上座に座るのは、今や“国母”となったヒサコであった。


 新国王マチャシュはまだ言葉すら喋れない乳幼児であり、その代理として母親であるヒサコが政務を代行していた。


 国母にして摂政、それが今のヒサコの肩書だ。


 女性、それも二十歳にすらなっていない若者ではあるが、その実力は方々に響き渡っていた。勇猛果敢さに加え、冠絶する知略の持ち主であり、数多の敵を屠って来た天才軍略家として名高く、その名声は畏怖されるに十分であった。


 その若き国母を支える三名の重鎮が、ヒーサ、マリュー、スーラだ。


 ヒーサはシガラ公爵として自領を経営する傍ら、今や『全軍統括大元帥コンスタブル』に任命されていた。この大元帥は国王からの全権委任を受けた者にのみ与えられる称号であり、軍務に関しては文字通り全てを統括する立場にあり、巨大な権限が付与されていた。


 帝国との決戦に備え、ヒサコが最も頼りとする兄に任じた格好であるが、茶番も茶番である。なにしろ、この兄妹、中身が同じであるため、政務と軍務を“実質一人”でガッチリ握っている状態なのだ。


 そして、それを補佐するのがマリュー、スーラの両名だ。


 この兄弟は長くシガラ公爵家と表に裏に関係を持ち、持ちつ持たれつの間柄になっていた。


 その最終段階として、現在の地位にあった。



「両大臣はそれぞれの大臣職を留任のまま、執政官コンスルの職に就いていただきます」



 これがヒサコから下された辞令であり、二人は平静を装いつつもいよいよ登り詰めたと、心の中では諸手を上げて喝采していた。


 執政官コンスルは政務に携わる者としては、ほぼ最高位である。なにしろ、その上には、国王ないし、摂政・宰相しかいないのだ。


 摂政・宰相の在任時は空席となるが、国王親政の時には実質的に実務の最高位となる。


 今回の場合、ヒサコが摂政であるので、本来なら執政官コンスルは空席となるのだが、色々と骨を折ってくれた二人への“報酬”という意味合いがあった。


 なにより、本体ヒーサがこれから帝国軍討伐に出掛けるため、分身体ヒサコをあれこれ操作している余裕がなくなる可能性があるため、体調不良を理由に政務を丸投げできる人物を欲したというのも大きかった。



「それで、前線からの方向はどんな様子でしょうか?」



 すでに内容は知っているが、ヒーサは編成のために郊外の練兵場に出掛けていたため、その整合性を取るために敢えて尋ねた。


 なお、ヒサコが国母になったため、ヒーサも人前では妹であっても敬語に切り替わっていた。



「皇帝が出てきたそうですよ。偵察部隊が仕掛けて、皇帝一人に返り討ちにあったと」



「何をやっているのだ。偵察隊なら、情報を持ち帰るのが優先だろうに。下手に仕掛けて返り討ちなど、貴重な兵力をなんと心得ているのか」



「まあまあ、おにい……、元帥も落ち着いてください。相手は一人であったようですし、欲をかきたくもなりますよ。何しろ、皇帝一人仕留めれば、それで片付くんですから」



「ま、あちらは個々の能力は高いが、結束力が無いからな。皇帝という中心点があってこそ、どうにか結着しているようなものだ。目の前にいれば、討ち取りたくもなるか」



 実に自然な兄妹のやり取りであるが、すでに熟練の域に達している一人芝居である。


 ただ、この会議室には、兄妹、兄弟に加えて、将軍のコルネスと、ヒーサの侍女の女神テアしかいないため、一人芝居である事を知っているのは半分もいないのだ。



「しかし、アルベール殿の麾下は精鋭揃い。特に騎兵は精強も精強。それを小部隊とは言え、たった一人で蹴散らすなど、噂通りの剣豪というわけですか」



 コルネスとしても、その武芸の冴えは見過ごせなかった。


 実際、たった一人の活躍で、戦場の流れを変えてしまう、そういう類の存在がいることを知っており、皇帝もまたそうなのだろうと認識した。


 王国側の人材で言えば、この場にいないアスプリクなどがその好例だ。一人で千人分の働きをすると言われる天才術士であり、決戦となれば間違いなく主力となるだろう。



「だが、所詮は一人。囲んで、袋叩きにしてやればいいさ」



「その袋叩きを返り討ちにされたのですが?」



「なぁに、十人で囲んで返されたのなら、百人で囲めばいい。それでダメなら、千人用意すればいい」



 ヒーサはニヤリと笑い、少し焦り気味なコルネスを窘めた。


 なにしろ、“前世”ではそれで足利義輝を始末しているのである。数百名しかいない御所目がけて一万人で攻め込み、名刀を惜しげもなく振るう剣豪将軍も数の前には押し切られ、ついには力尽きて討ち取られたのだ。



(ならば、かつてと同じようにしてやるさ。待っているがいい、“上様”)



 数の暴力による丁寧なゴリ押しこそ、最良の戦いだ。


 いかに個の力が優れていようとも、所詮は一人。数に物を言わせて押し潰してやるとヒーサは息巻くのであった。

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