13-2 不意遭遇戦! 煌めく刃で語り合う!

 騎馬の集団が草原を駆けていた。


 その数は合計で十騎。足の速さを活かす為か、装備としては軽装であった。


 鎖帷子チェインメイルで体を包み込み、その上から上衣サーコートを着込んでいた。また視界が広いトサカ付き兜モリオンヘルメットを被っており、隊長はさらに望遠鏡を携帯していた。


 この一団が軽装騎兵で統一されているのは、任務が斥候であるからだ。


 機動力と視野重視の装備なのはそのためだ。


 基本的に戦う事を想定しておらず、敵を発見した際には情報を持ち換えるために即時撤退が徹底されていた。



「帝国軍がいつ襲来してくるとも限りませんので、偵察は欠かさないように。一組十騎、一度に三組以上、一日最低三回、徹底的に動きを探ってください」



 ヒサコが王都に向かう前に、留守を預かる将軍アルベールに念を入れて指示していた。


 アルベールはその指示を忠実に守り、帝国領に向かって頻繁に偵察部隊を繰り出した。


 現在、帝国領側の国境付近は“無人地帯”となっていた。理由は、王国側に駆り立てられ、村一つ、人っ子一人、殺し尽くされたからだ。


 この点はヒサコの容赦のなさと、アーソの人々の積年の恨みもあり、亜人であるがゆえに女子供も老人も、一切の手加減なしに潰されてしまった。


 偵察に出ても何もなし。動くものと言えば、そこいらの獣のみで、帝国側の住民は本当に一人残らず殺されたか、運よく逃げ出した者だけで、完全な無人地帯になっていた。


 そのため、偵察任務は退屈そのものだ。何もなく、景色を眺めて退散する。それの繰り返しだ。


 今日もまた、そんなことになるだろうと、偵察部隊の面々は周辺警戒しつつも、どこか気の抜けた雰囲気で無人の平野を駆けていた。


 そんな時だ。遥か前方から何かが駆けてくるのが見えた。



「各員、前方警戒。何か来るぞ」



 部隊長から警告が発せられ、部下達も少し緩んでいた気を引き締め、前方の注意を向けた。


 この辺りは流石にヒサコと共に数多の激戦を潜り抜けた熟達の兵員であり、いちいち指示を飛ばさずともすでに行軍用の二列縦隊から、両翼を伸ばして突撃隊形を取りつつあった。



「隊長、仕掛けるんですか!?」



「よく見ろ! 相手は一騎、貴重な騎乗技術持ちだ! 相手方の斥候だったら、逃がすわけにはいかん。貴重な情報源だ」



 隊長の言う通り、相手はただの一騎。数の上では圧倒的に有利だ。


 また、“騎乗”していると言う点も見過ごすことができなかった。


 帝国においては、“騎乗”する者が極端に少ないのだ。一部の部族有力者が自身の権威誇示のため、魔獣等に騎乗することもあるが、騎兵が戦術としてほぼ組み込まれていないのが実情だ。


 まれに騎馬の脚力に匹敵する俊敏な種族もいるが、基本的には王国の兵科で言うところの、“歩兵”しかいないのである。



(やはり珍しいな。魔獣ではなく、“馬”に乗っている。しかも、武装が整い過ぎている)



 騎乗しているだけで珍しいのに、やって来るのは馬に乗る騎兵。帝国領内においては、自軍の騎兵を除けば、初めての邂逅であった。


 また、装備品も徐々に近づいてくると明らかになって来たが、これもまた珍しいものであった。


 亜人獣人の装備は、基本的にかなり程度が低い。冶金や鍛冶の技術が低いというのもあるが、あるいは種族ごとに好みが分かれると言うのも大きい。


 人狼族ヴェアヴォルフのような全身体毛で覆われている種族も多いため、全身鎧フルプレートを装備したりできないという事情もある。


 だが、目の前から迫ってくる相手は、見事な設えの鎧を着こんでいた。黒鉄の金属板を幾重にも重ねた金片鎧ラメラーアーマーで、胴体部はそれでできていた。


 また、肩当や小手、裾もあり、実に精巧な造りをしていた。


 兜に取り付けられた鍬形も黄金色に輝き、我こそはここにありと誇示しているかのようであった。



(見たところ、武装は剣が一本のみ。反り返っているから、曲剣サーベルか)


 武装は少なく、銃器等の飛び道具もないため、余程の腕前か、あるいは“使者”かと隊長は判断した。


 実際、相手方は馬の速度を落とし、しかも手は手綱を握ったままで、武器を構える様子も見せない。


 やはり使者か何かかと考え、隊長は部下に停止を命じた。


 部下達は警戒態勢のままではあるが馬の足を緩め、百歩ほど離れた位置で停止した。


 隊形は横陣のままで、その気になれば一斉に襲い掛かれる状態だ。相手は一騎だけであり、その気になれば囲んで袋叩きにすればいいだけだ。


 そう考えると、若干の余裕が生まれ、隊長は少しだけ馬を前に進めた。



「我らはカンバー王国、アーソ辺境伯領駐留軍の者だ。まずは面を取ってもらおうか!」



 隊長は相手を見ながら、まずは顔を見せろと要求した。若干、距離が空いているため、響くような大きな声での要求だ。


 実際、相手方は兜に加えて面頬めんぼおまで付けており、その顔を拝むことができなかった。


 さてどう出てくるかと様子を見ていると、言葉が通じたのか、面頬を外し、その姿を晒した。


 それは、“人間”であった。



(亜人らしくないとは思っていたが、やはり人間か。もしや、噂に聞く皇帝か!?)



 不確かな情報ではあるが、ジルゴ帝国の皇帝は人間であると聞き及んでいた。


 とんでもない腕前の剣士らしく、力こそすべてである帝国の流儀に従い、たった一本の剣で諸部族を平らげ、その実力を以て皇帝に即位したのだと言う。


 精巧な作りの鎧といい、見事な馬と騎乗の技術、そして、剣一本しか帯びていないにも拘らず、十倍の相手を前に平然と姿を晒せる豪胆さ。


 間違いなくそうだなと、隊長は確信した。



「そこの御仁! 帝国の皇帝とお見受けするが、いかに!?」



「そうだ。われが皇帝だ。王国の者よ、誰の許しを得て、我が庭先で好き放題しているのか?」



 良く通る声であり、隊長もその威厳にやはり相手は皇帝であると認識した。



「わざわざ仇敵に許可を得る必要はない! 我らに必要なのは、飾り立てた言葉ではなく、煌めく刃ではないかな?」



「一理ある。しかしだ、汝らは物見が任務であろうに、いささか血が上っておるぞ。部隊を率いる者としての、統率の無さ、思慮の浅さが透けて見えるぞ」



 露骨な挑発ではあったが、実際、隊長は自身が興奮している事を実感しており、適当な反論が思い浮かばなかったのも事実だ。


 なにしろ、目の前にいるのは、帝国の皇帝である。一人の従者や馬廻りもなく、たった一人で目の前に現れたのだ。


 討ち取る好機、そう考えるのも無理はなかった。



「しからば、皇帝を討ち取って、今の言葉が誤りであると証明しましょう!」



「よかろう! 来るがいい!」


 皇帝は鞘から刀を抜き、禍々しく瘴気を帯びた刀身を見せ付けた。邪悪な帝国の皇帝に相応しい逸品と言え、離れた位置からでも分かるその威力に、隊長は少しばかり気が引けた。



「かかれ!」



 隊長の叫びと同時に一斉に馬に鞭を入れ、皇帝目がけて突っ込んでいった。


 すでに得物は手の内にあり、全員が揃いの曲剣サーベルを握っていた。


 だが、一騎だけ突撃に参加せず、どころか馬首を返してむしろ距離を空ける者がいた。


 臆病風に吹かれたのではなく、情報を後方に持ち帰るためだ。


 基本的には戦闘は避け、情報を持ち換える事が第一であるが、やむなく戦闘に入る場合も想定し、最初からとにかく“逃げの一手”を打つ者を決めていた。


 皇帝が現れた、これだけでも重要な情報である。是が非でも伝えねばならない情報であり、これだけでも持ち帰る必要はあった。


 そして、皇帝・足利義輝あしかがよしてると、偵察部隊の九名による戦闘が始まった。

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