12-53 面罵! 王子であろうと容赦はしない!

 ヒサコとマチャシュの親子関係は証明された。(実はしてない)


 そうなると、もはやこの親子と玉座の間にある障壁は、たったの一つしかない。


 それはサーディクだ。


 サーディクは第三王子であり、亡くなったフェリク王の血を引く嫡出子である。上二人の兄、すなわち第一王子のアイクと、第二王子のジェイクが亡くなっている以上、順当ならば王位継承はサーディクになされるはずなのだ。


 むしろ、それに異を唱えているシガラ公爵家の方が、問題とさえ言えた。


 それでも、王位継承に関して公爵家の意向がここまで働くのか。それは公爵家自身の“力”と、アイクとの“血縁”にあるからだ。


 シガラ公爵家は数ある貴族の中でも特に力を有し、三大諸侯の一角を占めている。


 ヒーサが当主になってからというもの、シガラ公爵家は数々の事業を手掛けて勢力を増し、しかも、アーソでの動乱や帝国領への逆侵攻を経て、武名すら轟かせるに至った。


 下手な反発は自家の盛衰に影響が出るため、多くの貴族は口を噤んでいた。


 そこに王位に関して口を挟む正統性、すなわち“アイクとの血縁”がこの場で明らかとなった。


 先程の答弁の結果、ヒサコが抱えるマチャシュは、アイクとの間に生まれたと皆が知る事となった。


 事実はまた異なるのであるが、法王ヨハネスがそれを認めてしまったため、表面的にはそうなってしまった。異論は挟めない。



(実力、正統性は揃った。後は自分達以外の後継者を蹴落としてしまえばいい。さあ、取り掛かるぞ)



 これで最後だとばかりに意気込み、ヒーサは堂々と前に進み出て、サーディクの前に立った。


 戦の趨勢は決してはいるが、まだ玉座に腰かけたわけではない。最後まで気を抜くつもりはないと、ヒーサは戸惑うサーディクに冷ややかな視線を送った。



「殿下、よろしいですね?」



 何がよろしいのか聞くまでもない事だが、きっちりと当人に認めさせねばならない。完全なる敗北と、王位への野心を砕くためには。



「だ、だが、公爵、やはり性急すぎやしないか?」



「殿下、“現実”を見ていただきたい。もう“決した”のですよ」



 ヒーサは腕を大きく開き、サーディクに周囲を見渡す様に促した。


 サーディクが見た周囲の人々の目は、蔑みか、哀れみか、あるいは無念と思えるしょぼくれた顔しかそこにはなかった。


 誰しもが、サーディクの“負け”を認識していると言ってよかった。


 もし、この場にロドリゲスか、あるいはブルザーでもいればサーディクを擁護し、場をかき乱して先送りにできたかもしれない。


 だが、ロドリゲスは血だまりに沈み、冷たい床に転がっている状態で、ブルザーは“偽者”がいなくなり、本物がどこにいるのか分からない有様だ。


 つまり、もう誰も味方をしてくれない。先程までシガラ公爵家を非難していた連中も、その多くはマチャシュの王位継承に関する“正統性”が証明された以上、もう引っ込んでしまっていた。


 孤立無援、完全包囲、サーディクにできることはもう、玉砕して華々しく散るか、あるいは諸手を上げて全面降伏するか、その二択しかないのだ。



「残念ですが、殿下、あなたの出る幕はもう終わってしまったのです」



 サーディクにとどめを刺すべく、ヒーサが動いた。さらに距離を詰め、手を伸ばし、指で相手の心臓の部分を軽く突き刺した。


 王子に対してするべきではない、明らかに礼を失した行動ではあるが、それを咎めれる者もなく、サーディク自身もヒーサの気迫に圧されてたじろぐだけであった。



「私は……、いや、シガラ公爵家としては、別に王位を狙うつもりはないのですよ。ですが、あなたのような愚物に王位を任せることはできない。それが我ら兄妹の最終的な判断なのです!」



「な、なにを……!」



「あなたが王位に相応しくない理由、それはヒサコを始めとするアーソの軍勢が帝国領で悪戦苦闘を繰り広げていた際、その援兵としてやって来なかった! この一事に集約されています!」



 ヒーサは眉を吊り上げ、指先の圧も上げていき、いかにも激怒しているという雰囲気を出した。



「帝国において皇帝が即位し、王国への侵攻が取り沙汰される中、この防衛のために必死で働いたのは、前線であるアーソ辺境伯領の人々であり、我らシガラ公爵家からの派遣兵だ。出費はかさむが、王国と言う大事な“器”を壊されないようにするためには、当然の必要経費と考えておりました。ところがどっこい、蓋を開けてみれば、アーソに兵を供出したり、あるいは物資を供与したのは誰でしたかな? あなたか? それとも、そちらの方かな?」



 サーディクを指で突き刺したまま、周囲をぐるりと見回すヒーサ。後ろめたさから視線を逸らす者が続出し、気まずい雰囲気が醸された。


 なにしろ、アーソの地に馳せ参じたのは、シガラ公爵家、ジェイクが派遣した宰相府管轄の部隊、それと付近の貴族からの派兵であり、到底“挙国一致”で帝国と向き合おうという状態ではなかった。


 ヒサコの策がピシャリとハマり、帝国軍に打撃を与えたからよかったものの、その奮戦が無ければ、王国領内が戦場になっていてもおかしくはないのだ。



「こちらが必死こいて戦っていたと言うのに、お前らは何をしていたのか?」



 これをヒーサは視線で問いかけたのだ。


 誰も答えられない。それは恥や後ろめたさしか浮かんでこないからだ。


 そして、それはサーディク自身にも突き刺さっていた。


 なにしろ、彼は要請があったにもかかわらず、援兵を出していなかったからだ。

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