12-52 表裏一体!? 姿は違えど、中身は同じ!

「我が子マチャシュは、ヨハネス聖下の祝福を受けし子供である!」



 ヒサコが投げつけた宣言は、驚きをもって迎えられた。


 実のところ、かなり多くの人々はヒサコとマチャシュの親子関係について疑いを持っていた。


 赤ん坊の父親“と思われている”アイクとヒサコの過ごした時間、その後の別行動、僅か一ヵ月程度の夫婦としての時間など、疑うべき要素は多かった。



「どこぞでそれっぽい赤ん坊を連れて来て、それを自分の子供だと言い張っているのではないか?」



 そうした疑いがあるゆえに、多くの者はこう考えていた。


 そして、それは“正解”であった。


 なにしろ、マチャシュは本来、ヒーサとティースの間に生まれた子供であり、ヒサコとアイクの間に生まれた子供ではないからだ。


 出産立会人は“共犯者”ばかりを揃え、ティースの方は死産を装い、産まれた赤ん坊はヒサコに届けられて、今回の偽装が成された。



「我が子マチャシュは、ヨハネス聖下の祝福を受けし子供である!」



 この発言は、嘘を付いていない。【真実の耳】による真偽判定では、“真”が出てくる。


 ヨハネスの反応を見れば、それは一目瞭然であった。


 なお、ヨハネス自身も子供については疑いを持っていた。やはり、時間的なことを考えると、どうしてもアイクとヒサコの子供なのかどうか、疑っていたのだ。


 おまけに、アイクは病弱であるからヒサコに対して、そう言う行為に及べるのかどうかも疑問であるし、身重の状態で戦に赴いていたというのも不自然極まりないことだ。


 それゆえに、誰も彼もが首を傾げ、母と子の親子関係を疑った。


 だが、神からの囁きは“真”であった。



「そ、それで、聖下、真偽のほどはいかに!?」



 マリューもまたヒサコの言葉が意外であったため、恐る恐るヨハネスに尋ねた。


 マリューもスーラも、実は赤ん坊の出自を疑っていた口ではあるが、まさか正面突破で来るとは考えてもみなかったのだ。


 なにかしらの口八丁で出自をどうにか誤魔化し、そのまま押し切って王位を奪取。それが兄弟の予想であり、それがなされるまでは敵対的な態度を取って周囲を釣り上げ、それから再び寝返りという流れになるだろうとしたのだ。


 だが、ヒーサ・ヒサコは堂々と正面から斬り込み、ヨハネスの【真実の耳】を掻い潜った。


 もちろん、詐術イカサマを用いての正面突破ではあったが。



「ひ……、ヒサコの言葉に嘘はない」



 ヨハネスとしても、そう言わざるを得なかった。


 嘘はない。神の囁きは確かにそう聞こえ、それを正確に周囲へと伝えた。


 当然、その場は騒然となった。


 だが、ヒサコは更なる追撃の一手を加えた。



「祝福を受けし我が子マチャシュ! そして、この子は“私の血を分けた子供”なのです!」



 ダメ押しの一手であり、これ以上に無い補強であった。


 “ヨハネス聖下の祝福を受けし子供”と言う言葉だけでは、実のところ穴があるのだ。


 それは“ヒーサとティースの子供”かもしれない、という疑念も十分に推察できるからだ。


 条件的には当てはまっており、しかもヒーサとティースの子供は“死産”ということになっている。こちらを死んだと言う事にして、こっそり養子にすれば割と顔の似た子供の出来上がりである。


 もし、勘のいい相手ならば、そこから“嬰児えいじ交換”による仕掛けに気付く可能性があった。


 ヒーサもそれを憂慮しており、ヨハネスのような頭の回る相手であるならば、あるいは気付いてしまうだろうと読んでいた。


 そこでダメ押しの一手。ヒサコの口から“マチャシュは私の血を分けた子供”という言葉も飛び出させたのだ。


 【真実の耳】をすり抜け、口にした二つの条件で“真”を出せる存在はヒサコしかいない。



(そう、“私の血を分けた子供”というのがミソなのだ。普通、これは親子関係を表す重要な言葉。父母の血肉を受けることにより、子供は生を得る。だが、今回だけは特別! 例外中の例外! なぜなら、ヒーサも、ヒサコも、どちらも“松永久秀”なのだからな!)



 姿形は男女の差異はあれど、その本質は戦国日本よりの転生者・松永久秀なのだ。


 ゆえに、ヒーサとヒサコは同一存在とも取れ、流れる血も、体を個性する肉も同じ。男女の差異により身体つきが違う部分もあるが、本質的には同じ人間でしかない。


 神より授けられし奇跡の力・スキルがあればこそだ。【性転換】と【投影】の賜物であり、それは人間が使う術よりも遥かに高度であり、選ばれし英雄以外には真似できない。


 ヒサコが口にした“私”という一人称の中には、“松永久秀”という意味が込められている。


 ならば、私の子は松永久秀の子でも通じる。


 男女の入替も、分身体の生成も、寸分違わぬほどに精巧。神は欺けなくとも、人を欺ける。


 “真相”は表に出ていないのだ



(よくもまあ、こんなやり方を思いつく。偽装としては完璧だわ)



 間近で見ていた女神トウは、相変わらずの応用力に脱帽していた。


 “ヨハネスからの祝福を受けた”で、正式な夫婦の間に生まれた子供であると証明。


 “私の血を分けた子供”で、血の繋がりのある子供であることを証明。


 この二つが並んで“真”の判定を受けた以上、マチャシュがヒサコとアイクの間に生まれた子供であることは間違いないと受け取られた。


 本来ならば別個の案件であるこの二つをあえて並べ、並列することにより、同一線上にあるものと錯覚させるやり方だ。


 そして、スキルについての知識が無くては見破れないとは言え、皆がそれにまんまと引っ掛かった。



「こ、これも嘘偽りない。その赤ん坊はヒサコの“血を分けた”子供だ」



 ヨハネスもまさかの事態に困惑したが、回答の真贋を告げるために必死で声を絞り出した。


 自分が祝福を与え、かつヒサコの血を分けた子供。それは赤ん坊マチャシュの正当性を証明するのに十分すぎる内容であった。



「なんと、まことにヒサコ殿の御子であったか!」



「しかも法王聖下お墨付きの、祝福されし御子であるとは!」



「いや、ヒサコ殿、疑ってしまい気分を害されたであろうが、なにとぞご容赦願いたい」



 ある者は驚き、ある者は謝罪の意を示し、議論は一定の結論を見た。


 マチャシュはヒサコとアイクの血を引く子供である、そう皆々が受け取ったのだ。


 しかし、一部の裏事情を知る者からすれば、穴のある証明でしかない。


 とは言え、裏を返せば、スキルの事を知らなければ覆せない事を意味していた。


 その一部の人間は全員共犯者であり、口を滑らせる事もないし、疑問を呈しても流してしまうのだ。


 ただ一人の例外を除いては。



(ちょっと待った、ちょっと待った! どういうこと!? なんで今の質問での回答で“真”の判定が出るの!?)



 驚愕の表情を浮かべたのは、ティースであった。


 なにしろ、ヒサコが抱く赤ん坊は、間違いなく自分が腹を痛めて産んだ子供なのだ。この点だけは確実であり、ヒサコが腹を痛めた子供ではない。


 ヒサコはあくまで、実った果実を奪い去った盗人に過ぎないのだ。


 だが、“神”の伝えた囁きは、ヒサコの子供と言う事を“真”であると告げていた。



(法王が嘘を付いているようには見えないし、おそらくは本当の事! じゃあ、なんでヒサコの血を分けた子供なんてことになるのよ!?)



 ティースの視点ならば、ヒサコの発言が“真”判定が出るわけがないはずなのだ。


 にも拘らず、“真”の判定が出た以上、神がヒサコを“血を分けた親”であることを認めたに等しい。


 なぜそんな判定が出るのか、ティースは必死で考えた。


 だが、答えは出ない。出てくる答えは、それは“人間”では有り得ないはずの答えなのだ。



(それは、ヒーサとヒサコが“同一人物”だと言う事! そんな事って有り得る!? 神が手を加えたとしか思えないほどの複製品でも生み出したの!?)



 疑念渦巻く中での思考ではあったが、ティースの推察は正解を引き当てていた。


 だからと言って、今更どうする事もできないでいた。ヒサコはヒーサの操り人形なのではなく、完全なる複製品。


 ヒサコはヒーサをベースにした人造人間ホムンクルスではないか、そう疑ったのは今は亡き侍女のナルであったが、結局、錬成に必要な魔術工房の類を発見できなかったので、その予想はハズレだとカウラ伯爵家の面々は結論付けた。


 だが、そうではなかったというのが、今のやり取りの結果だ。



(今の答弁、ヒーサとヒサコが同一人物、もしくはヒーサの血肉を使って作り出した人造人間ホムンクルスがヒサコ、このいずれかでないと“真”の判定が出ない!)



 ナルは最初から正解を引き当ていた。


 しかし、答えに辿り着ける道筋や証拠がなかった、という話なのだ。


 結局、ヒーサが伏せていた情報を暴き切れなかった、という点でティースは今度こそ負けを認めざるを得なかった。



(でも、知ったからと言って、もうどうすることもできない。なぜなら私は……)



 ティースの視線の先には、ヒサコに抱えられている赤ん坊、すなわち自分が生んだマチャシュがいる。


 母と名乗れずとも、その赤ん坊は血の繋がる我が子だ。


 それが、その存在自体が、自ら犯した罪の証でもある。


 ティースもまた、自分の子供を掛金チップにして、簒奪と言う名の賭場に繰り出した“ろくでなし”であることには変わりないからだ。


 もう、彼女にはヒーサをなじる権利はなく、同じく外道な存在でしかない。


 それを理解しているからこそ、ただ口を必死で閉じて、事態の成り行きを見守る事とした。

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