12-51 宣言! この子は神の恩寵を受けている!

 議論は平行線、あるいは迷走とも言うべき状態であった。


 各派が入り乱れての無秩序に等しい中で議論が交わされているため、方向性が見い出せず、おまけに交わす議題もまちまちだ。



(だが、おかげで各人の旗色は確認できたな)



 好き放題議論させてきたがゆえに、各々の口より発っせられた言葉から、誰がどのような立ち位置にいるのか、おおよそ判別できた。


 ヒーサとしては従順な者、あるいは懐柔に応じそうな者を判別し、あるいは逆に自分に反発する根っからの反対派を割り出すことができたため、実に有意義な議論の場となった。



(では、そろそろ本題に入り、“終幕ふぃなーれ”と行こうか)



 本来の目的は玉座の奪取である。


 自分の息子であるマチャシュを王位につけ、ヒーサ・ヒサコの兄妹で権力をガッチリと握る。これを目指しての武装蜂起クーデターなのだ。


 カシンの乱入に加え、ロドリゲス、ブルザーという邪魔者の予定より早い排除がなった事により、台本の書き換えを余儀なくされたが、結果としてはより良好な状態になった部分さえあった。


 さあ、終わらせようと、マリューに視線を向けた。


 マリューは議論の中心にはいたが、いつでもヒーサの指示で動く準備はしており、議論を交わすふりをしながらヒーサに注意を払っていた。


 そのヒーサが視線を合わせ、意味ありげに片目を瞑って見せた。


 こちらもこちらで意を察したらしく、さり気なく無言で頷き、それを“了”とした。



(いやほんと、察しが良くて欲深い奴は使い勝手がいいな。報酬は弾むから、しっかりと頼むぞ)



 ヒーサは無言でマリュー、スーラの兄弟に声援を送り、いよいよの場面に備えた。


 そして、兄弟はヒサコに歩み寄り、その手にある赤ん坊共々これを見据えた。



「そもそもの話を致しますと……、ヒサコ殿、あなたの事を信用致しかねております」



「おや? マリュー殿、それはいかなる意味でありましょうか?」



「あなたの腕に抱かれているその赤子、マチャシュと申しましたか。その子供が、本当にあなたとアイク殿下との間に生まれた子供なのか、ということです!」



 ここでいよいよマリューの口から、誰もが聞き辛かった最大の疑問が投げかけられた。


 ヒサコの腕の中にいるマチャシュは、本当にヒサコとアイクの間に生まれた子供なのか、と。


 だが、これは避けては通れぬ疑義でもあった。


 ヒサコとアイクが夫婦であった事は、誰もが知っている。そもそも、この場にいるヨハネスが二人の挙式を執り行い、立会人として祝福を与えたのだ。


 この点は問題ない。


 問題は、本当にアイクの血を引いた子供なのかどうか、と言う点だ。


 なにしろ、二人が夫婦であった期間は、僅かに一月くらいしかない。しかもその大半は、ヒサコが帝国領に逆侵攻を行っていたため、別行動をしていた。


 ネヴァ評議国から帰国し、そこから結婚式までは一緒に過ごしてきたため、あるいはその前に“御胤おたね”を頂戴したと考えられなくもない。


 あくまで、可能性としてはであるが。


 しかもその後は、身重の状態で帝国領で暴れ回り、とても妊婦とは思えない状態であった。


 怪しまれるのも、当然と言えば当然なのだ。



「ヒサコ殿、失礼ながら正直に申し上げると、この疑念が払拭されない限り、その赤ん坊が即位云々は論じるべきではありませんな」



「左様。正統な血筋をお持ちのサーディク殿下を差し置き、その御子に王位を継がす。その正当性を示していただかなくては」



 マリュー・スーラ両名は、ヒーサ・ヒサコの視点で見れば、完全に敵役となっていた。


 だが、それでこそ都合がいいのだ。


 今まで両名はシガラ公爵のシンパと思われてきたし、実際その通りであった。高額な賄賂に加え、色々と利益供与をして、懐柔してきた。


 色々と動いてもらったこともあったため、ヒーサとしては費用対効果としては満足いくものであるし、”現段階では“今後も良好な関係を続けていくつもりでいた。


 しかし、その二人がヒサコの子供の王位就任には、待ったをかけたのだ。


 二人の公平性を示すと同時に、それを納得させる材料を用意することで、周囲を納得させると言う状況を作り出せるのだ。



(まあ、今この場は二人が議論を牽引しており、多くはそれに便乗する形でこちらに批判的な態度を取っている。ゆえに、納得する材料を提示し、二人が折れた時は“総崩れ”となるのだ。筋金入りの反対派以外はな。あとは多数派工作よ)



 ヒーサはジワリと浸食していった毒が、ようやく熟成されてきたのを感じ取り、満を持して舞台へと再登場した。



「まあ、両名の仰り様はもっともだ。だが、私も、ヒサコも、負けず嫌いなのでな。負け戦に興じるほど、酔狂ではない。王位を占める証、正統性、もちろんあるとも」



 ゆったりとした足取りでヒーサは議論の輪の中心に入り込み、視線をヨハネスに向けた。



「聖下、【真実の耳】はまだ発動中でありましょうな?」



「無論だ。いい加減、疲れてきたがな」



「まあ、ここにお越しになられてからずっとですからな。ですが、ヒサコのこの言葉を以て、仕舞いといたしましょうか」



 長かった。ここまで来るのには長い道のりだったと、ヒーサは感慨深い思いを持っていた。


 すべてはこの時のため。下剋上の成就、国盗りの達成、そのためだけに準備を進めてきた。


 さあ最後の一撃を入れるぞと、ヒサコは腕の中にいるマチャシュを、ヨハネスによく見えるように突き出した。



「聖下、覚えてらっしゃいますか? あたしとアイク殿下の結婚式の事を」



「もちろんだ。二人の式は私が執り行ったからな」



 ただ、実際のところ、ヒサコとアイクの結婚については異論が噴出していたのだが、ジェイクとヨハネスが強引に押し切り、強行に近い形で執り行ったと言った方が正しかった。


 シガラ公爵家を懐柔し、アーソ辺境伯領の地盤固めを行うためのやむを得ない措置でもあった。


 だが、結果としてそれはシガラ公爵家の躍進と、そこからのヒサコの奮戦を生み出すこととなり、最終的な法王選挙コンカラーベの勝利にも繋がったため、ヨハネスとしても意義あるものとなった。


 ヒサコとアイクの結婚が無ければ、今頃はどうなっていたか分からぬほどに事態は混迷していただろうことは明白であった。


 それだけに、ヨハネスにとって、二人の結婚式は今まで執り行ってきた数々の儀式において、特質すべき地位を占めていた。



「すなわち! ヨハネス法王聖下の祝福を受け、神の恩寵賜りし我が子マチャシュ! これに一点の曇りなし!」



 ヒサコとアイクの結婚式は、ヨハネスが枢機卿時代に執り行っている。これには誰も異論を挟めない事実であった。


 だが今、ヒサコは掲げた赤ん坊が、“ヨハネスからの祝福を受けた子供”であると言い放った。


 この世界では、教団が婚儀の仲立ちをし、夫婦が正式に認められたものであることを証明する。


 そのため、正式な夫婦の間に生まれた子供は“嫡出子”となり、“神の恩寵を賜りし者”となる。


 一方、正式な夫婦でない男女の組に生まれた子供は“庶子”となり、“神の恩寵無き者”として、差別の対象となる。


 ヒサコやアスプリクが“庶子”であることを理由に、色々と不都合を受けたのは、こうした慣習が根深く存在していたからに他ならない。


 そして、その場の全員の視線はヒサコが掲げた赤ん坊と、ヨハネスとの間を行ったり来たりした。


 ヨハネスは無言のままに驚きの表情を見せており、訂正を挟まないことから、どうやらヒサコの宣言の真贋判定は“真”であったと察することができた。



(まあ、ここには落とし穴があるんだけどな。そう、“裏の事情”を知らなければ、絶対に分からない落とし穴がな)



 ヒサコに注目が集まっている中、ヒーサが思わずニヤリと笑ってしまった。


 なにしろ、今ヒサコが発した言葉は、“ヒーサとティースの間に生まれた子供”もその範疇に含まれているからだ。


 ヒーサとティースの結婚式を執り行ったのもヨハネスであり、二人の間に生まれた子供は“ヨハネスが祝福を与えし夫婦の間に生まれた嫡出子”となるからだ。



(かなり回りくどい事をしたが、ヒサコとアイクの間にできた“存在しない子供”と、私とティースの間に生まれた子供、両者の嬰児交換……。それがここに来て活きる!)



 裏の事情を知らなければ、決して見破れないヒサコの宣言に、“幾人かの共犯者”以外は誰もが目を丸くして驚くのであった。

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