12-50 百家争鳴! 馬鹿は踊りて議論は進まず!

「さて諸君、“議論”を始めようか。誰が志尊の冠を戴くべきか、とな」



 躊躇しがちな者達が多い中、ヒーサは事も無げにそう告げた。


 だが、躊躇している理由は他でもない。ヒサコとティースが率いていたシガラ公爵軍がいるからだ。


 広間の中から廊下に至るまで、あちこちにずらりと並び、その数、実に三百名。しかも、その半数以上が銃器を持っており、下手な行動は自身の体に風穴が空くことを意味していた。



「議論を始めようにも、そもそもの話が付いておりません」



「まとまりを欠くと言われますが、それならば、“まだ”分裂状態の教団の方はいかがされるのか!?」



 マリュー、スーラのこの言葉が開始の合図となった。


 まずは当事者である僭称法王ライタンが口火を切った。



「大臣の仰りようも分かるが、教団のことは後だ。というか、私は僭称した法王の椅子に何の未練もないし、さっさと手放したいくらいだ」



「それでは、なんのための僭称だったのか!」



「教団の風通しを良くするために、あえて悪役を買って出た。まあ、実際のところは公爵閣下に押し付けられたと言うべきか」



「随分とまあ、回りくどい事を。こっちは財務を預かる身として、税制の変更の手続きに、どれほどの労力を割かねばならなかったのか、考えて欲しいものですな。経費も手間もバカになりません!」



「金! 金! 金! いっつもそれだね! もう少し大胆に生きてもいいんじゃない?」



「それを言えるのは、金のある者と、余裕のある者だけです。皆が皆、アスプリク殿のような生き方をできるわけではないのですよ。まして、無限に金貨が出てくる財布はないのです。一晩寝れば魔力が回復する術士のようにはいかないのですよ、財務を預かる者は!」



 議論の中心はアスプリク、ライタン、マリュー、スーラの四名であるが、次第にその熱に当てられてか、議論に加わろうとする者が増えてきた。


 その議論ははっきり言えば無軌道だ。まとめ役もなく、ただただ飛び出した言葉に対しての返答や異論をぶつけ、また別の言葉が飛び交う。


 財政に関する話、教団に関する話、王位に関する話、実に様々だ。


 ただ、国王、宰相の殺害に関することだけは、“きれいに”外されており、もうヒーサやアスプリクの非を鳴らそうと言う者はほぼいなくなっていた。


 ここでヒーサは一歩引き、議論に敢えて加わらず、全体を見渡せる位置に立った。



(フフフ……、まさに“馬鹿”だな。趙高の視点はこんな感じだったのだろうな)



 鹿を献じて馬と成し、馬と述べるは味方、鹿と述べるは敵とする。


 古代中国の秦において、重臣の趙高は皇帝に馬を献じると申し出て、あえて鹿を献じた。その鹿を見て、馬だと言う者、鹿だと言う者、それぞれ現れた。


 鹿を見て馬だと述べた者は、自分の権威を恐れて事実を捻じ曲げ、そうでない者は自分にへつらわない者だと判断した。


 文字通り、“馬鹿”丸出しの状態だ。


 今まさに、ヒーサの目の前では似たようなことが繰り広げられていた。



(マリュー、スーラの呼び水にまんまと誘われ、議論の輪に加わる。それはいい。問題はシガラ公爵家に敵意が向いているかどうか、だ)



 ヒーサが議論に加わらず、聞き手に専念しているのはこれを見極めるためだ。


 なにしろ、この空間にはシガラ公爵家の武装した兵がわんさといるのだ。それにも関わらず、公爵家に反発する意見を述べる者は、筋金入りの敵というわけだ。


 及び腰で批判的な態度の者もいるが、そうした者には、“脅迫”や“買収”の余地がある。


 多くの貴族や教団関係者が集まっているため、そうした“顔色”を見ておくことは、今後の政権運営を考えるに際しては、かなり有益な情報と言えた。



(誰を登用し、誰を廃するか、今しばらく“馬鹿の狂宴”を続けてくれ)



 議論はますます熱を帯びていくが、ヒーサは逆にどんどん冷めていき、じっくりとその光景を眺めることができた。


 そして、後はヒサコの腕の中にいるマチャシュを玉座に座らせるだけ。


 その“機”はもうすぐそこまでやって来ていた。

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