12-49 後継者! どちらが王位を継ぐべきか?

 ヒサコの腕の中には、この喧噪の中においてもなおスヤスヤと眠る赤ん坊がいる。


 名をマチャシュと言い、“表向き”はヒサコとアイクの息子となっていた。


 だが、その本当の親はヒーサとティースであり、すべては国盗りのための道具と演出のために、親子の縁を捨て去っていた。



(そう、全てはこの時のためだ!)



 自分の子供をヒサコとアイクの間に生まれた子供とし、王家の血を継いでいるように偽装した上で、輝ける玉座に座らせる。


 ヒーサにとっては、これぞ我が国盗り物語だと言わんばかりであった。



「待っていただきたい! 新国王の即位など、話が大きすぎます! そもそも、この場は陛下や宰相閣下の殺害に関する審議を行っていたのです。話が飛躍しすぎです!」



 そう言って場の混乱を鎮めようとしたのは、警備主任のコルネスであった。


 コルネスはすでにヒーサに通じており、王宮の警備を手薄にしたり、事前に配備状況や城内の情報を流したりと、完璧な裏切り者として暗躍していた。


 先程のカシンの介入に際しても、まんまと気絶を装って城内の混乱に拍車をかけるなど、見事な役者ぶりだとヒーサも感心したほどだ。



(だが、ここまでだろうな。そもそも、コルネスは台本を失った状態だ。あまり芝居を続けると、ボロが出てしまうな)



 コルネスはどちらかと言うと、臨機応変に動くことが苦手な方だと認識していた。


 頭は切れるが、余程の好機でない限りは勝手に動かず、事前に入念に準備を整え、それから行動に移す場合が多い。


 ヒサコとして彼を麾下に加え、共に数多の戦いを経験してきた上での評価だ。


 ただし、手堅く戦う事に関しては非常に有能であり、その堅牢さに助けられたことは一度や二度ではなく、評価はむしろ高い方だ。


 ただ、今回は急な台本書き換えと言う、事前の通告なしの状況はコルネスの対応にも限度があり、即興で長く演じさせるわけにはいかなかった。


 そこでヒーサは、チラッとマリューの方を見て、その視線を合わせた。


 こういう口八丁な場面こそ、マリューやスーラの活躍の場だと感じたからだ。


 特に言葉を交わすまでもなく、兄弟はヒーサの言わんとすることを察し、ヒサコに歩み寄った。



「お待ち下さいませ、公爵閣下にヒサコ殿。話が飛躍しすぎて、皆が混乱しております」



「左様。王位云々について、臣下が口を挟むなど、越権行為でありますぞ」



 兄弟揃って、ヒーサの対応を制する発言をした。



(よしよし、それでいい。銃口だけで政権を打ち立てると、反発もまた大きいからな。“形だけ”とは言え議論を挟み、“表向き”はやむを得ないという雰囲気を作っておかなくてはな)



 さあ、ここからだぞとヒーサは更に気合を入れた。



「すでに、王都騒乱に関しては、いくつかの証言に加え、実際に黒衣の司祭が乱入してくるというのを、この場の全員が目撃している。つまり、これに対抗するには、結束が必要でありましょう。帝国……、『六星派シクスス』に対抗するには、王国に新たな国王と、教団には新たな法王を、とな。法王は先の法王選挙コンカラーベにてすでに選出された。次は、王位について論ずるべき時だ」



 ヒーサはそう自論を述べ、同意を求めるべく周囲を見回した。


 スジとしては悪くはないが、強引過ぎるきらいがあり、素直にこれに同調する者は少数であった。


 それでも露骨な反対意見が出ないのは、あくまで広間の中にいつ自分に向くとも限らない銃口がずらりと並んでいるからだ。



「公爵閣下の仰りようも分かります。ですが、それはあまりに性急!」



「せめて、サーディク殿下も輪に加えるべきでしょう」



 そう言って、大臣兄弟はかなり強引にサーディクをヒサコの前に立たせた。


 現状、王位を継ぐ者があるとすれば、ヒサコの腕の中で眠るマチャシュか、サーディク以外に有り得ないのだ。


 サーディクは亡くなった国王フェリクの三男であり、上二人の兄が揃って亡くなっているので、“血筋”で言えば継承するのに問題はなかった。


 一方、マチャシュは亡くなった第一王子アイクの息子、という事になっている。


 だが、これは露骨に怪しい上に、ヒサコ、さらに言えばシガラ公爵家にとって、あまりに都合の良すぎるあやふやな情報であった。



「公爵、両大臣の言う通り、いくらなんでも性急すぎやせんか?」



 会話の輪に入って来たサーディクであったが、その姿勢はいかにも及び腰と言った雰囲気であった。


 はっきりと自身の危うさを自覚しているからこその、腰の引けた態度なのだ。


 サーディクの妻はセティ公爵家の出身であり、それを挟んでブルザーとは親戚関係にあった。


 実際、ブルザーは今回の動乱を気にサーディクを王位に推し、自身は外戚として権勢を振るう気でいたのは、周囲の人間ならば誰でも知っているところだ。


 本来ならば第二王子にして宰相であったジェイクが次期国王だったのだが、それが思わぬ形で退場となり、お鉢がサーディクに回って来たがゆえの行動であった。


 しかし、ここへ来てさらに事態が急変した。


 あろうことか、そのブルザーが黒衣の司祭だったというのだ。


 もちろん、ただ単にその姿を借り、何食わぬ顔で裁判の席にやって来たというのが真相なのだろうが、それでも周囲の人々の心象と言うものがある。


 ブルザーの弟であったリーベが『六星派シクスス』に属する黒衣の司祭となり、アーソの地で陰謀を巡らせていたという“事実”が周知されていた。


 そして、今回のブルザーの件である。


 やはりセティ公爵家は敵方に内通しているのでは、という印象が強くなってしまった。


 サーディクもまた、親戚関係にあるため、連座する形で心象を落としている。


 これで新国王になったとしても、国内の結束と言うわけにはいかないのが現状だ。


 そんな混迷とした状況にあって、ただ一人冷静な者が一人。


 言わずと知れた戦国の梟雄・松永久秀である。


 聖人君子の兄ヒーサと悪役令嬢の妹ヒサコの顔を使い分け、ついに玉座に手をかけるところまでやって来た。


 さあ、最後の締めだぞと感情を抑えつつも、それは口から飛び出した。



「さて諸君、“議論”を始めようか。誰が志尊の冠を戴くべきか、とな」

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