12-38 審理再開! 今度こそ真相を求めて!(2)

 心中でははらわたが煮えくり返っているヨハネスではあったが、だからと言って喚き散らすような真似はしなかった。


 体中から放たれている怒気と気迫に圧され、大広間は静まり返った。


 普段温厚な者こそ怒らせたら怖いとは言うが、今のヨハネスはまさにその通りであった。


 静まり返った中をゆったりと進み、その足音だけが妙に響いた。


 そして、アスプリクの前に立った。


 この気迫にはさしものアスプリクも焦りを覚え、背筋を伸ばしてきちっと席に座り直した。



「では、審議を始める。アスプリク、質問に対しては、誠実さを以て、正直に答えるように」



 静かだが、恐ろしい程の圧を感じる言葉に、アスプリクは冷や汗をかきながら無言で頷いた。


 数日前に会食した時とは明らかに雰囲気が違う。人が変わった、という言葉がそのまま当てはまりそうなほどに変化していると言っても良かった。


 少なくとも、アスプリクはそう感じた。



「真なる言葉を聞き分ける耳よ、篤き神の恩寵を以て、我が肉体に舞い降りよ」



 そして、ついに肝心の【真実の耳】が発動した。吟じるようなヨハネスの力ある言葉に反応し、その耳が不思議な熱を帯びていく感じであった。


 だが、今回はそれで終わりではなった。


 ヨハネスはロドリゲスにも手をかざし、術式の影響下に置いた。



「裁判はあくまで公平。違う立場の人間が真実を聞き分ける。これで信用の担保になろう」



 ヨハネスの念の入れようは徹底していた。


 今までであれば、ヨハネスだけが術の影響下にあれば、その判断を尊重してくれた。


 だが、ロドリゲスとは明白に敵対関係にあり、不都合な事実を隠蔽しているのではないか、という疑念を持たれる可能性があった。


 そう考えると、ロドリゲスも【真実の耳】にて聞き取れば、その疑念も張らせるというわけだ。



(さすがに、抜かりはないな。さて、こちらも慎重な答弁が求められるな)



 すぐ近くにいたヒーサも席に座り、これに意識を集中させた。


 事前に、被告席にいる全員には、嘘を付かずに正直に答えろと言い含めておいた。


 どのみち、この【真実の耳】の前では、嘘の答弁などやるだけ印象を悪くするだけだ。


 ヒーサももちろん嘘を付くつもりはない。この術式に対しての有効な手段は、“余計な事を話さない”事であり、あるいは逆に“都合の良い事実を話す”事なのだ。



「では、回りくどい事は抜きにして、率直に尋ねよう。宰相閣下を殺したのは、アスプリク、お前か?」



 いきなりのど真ん中過ぎる詰問に、場がにわかに沸騰した。ざわめきによってではなく、人々の好奇心や疑問による空気の変質と呼べるものだ。


 ヨハネスの真っ直ぐな瞳に、アスプリクもまた視線を逸らすことなく応じた。



「そうです。僕がジェイク兄を殺した」



 この点は嘘偽りはない。アスプリクが差し出した酒によって、ジェイクは命を落としたのだ。


 これは動かすことのできない事実であり、無念の表情を浮かべつつも、アスプリクとしてはこう答えざるを得なかった。


 当然、罪を告白したとみなされ、周囲がざわめき出した。



「お静かに願います。会の進行の妨げになります」



 ここでマリューが再び舞台に上がった。


 主導権をロドリゲスに奪われたが、ここが進行役の立場を取り戻す良い機会だと判断し、勝手に司会を務め始めた。


 これにはヨハネスは元より、ロドリゲスも黙認した。【真実の耳】が自分にも効力を発揮しているので、相手の答弁をよく聞かねばならないため、進行役の両立はできないと判断したためだ。



「でも、これには裏があるんだ。言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、聞いてもらわないといけないんだ」



「聞こう、その裏とはなんだ?」



「ジェイク兄の死因は、僕が差し出した酒が原因だ。贈り物として、ジェイク兄の屋敷に持ち込んだ物なんだ。でも、僕はそれに何かが仕込まれていたなんて、知らなかったんだ」



「……今の答弁に嘘はない」



 ヨハネスがそう告げ、さらにロドリゲスも無言で頷いた。


 途端、場は大いにざわめいた。


 ジェイクを殺したのはアスプリクで、凶器は贈り物として用意した酒。しかし、その酒が細工されていたことをアスプリクは知らなかった。


 これが明らかになった。


 つまり、アスプリクが故意にジェイクを殺害したのではなく、あくまで何者かにハメられた結果としての殺人という“真相”が見えてきた。


 宰相殺し、兄殺しという重罪ではあるが、故意ではないことが証明されたため、情状酌量の余地が生じたと言えよう。


 そうなると、人々の注目は別の観点に移った。



「では、アスプリクよ、重ねて問おう。お前はその酒をどこで仕入れた?」



「……シガラ公爵家の上屋敷」



 これも嘘ではない。実際、アスプリクがそこで逗留中に酒を手に入れたのは本当の事だからだ。


 また、ヨハネスもロドリゲスも無言で頷き、嘘ではないことを示した。


 当然、これにも審議席の裁判官役や、あるいは聴衆もざわめいた。



「それ、見た事か! やはりそやつが絡んでいるのではないか!」



 ここぞとばかりに聴取席にいたブルザーがヒーサを指さし、これをなじった。


 進行役のマリューがこれを制し、ヨハネスに続けるようにと示した。


 ヨハネスもまたゆったりとした足取りでヒーサに近寄り、席に座って神妙にするヒーサの前に立った。



「では、公爵に問おう。アスプリクに何かしらの手を施した酒を渡したのは、あなたなのか?」



「いいや、違う。私はアスプリクに対して、酒を手渡したり、あるいは配下の者を使って渡す様に仕組んだことなど一切ない」



 ヒーサの答えは、“完全否定”だ。アスプリクに酒を渡したり、渡るように仕向けたりしたことなど一切ない、と。


 ここでヨハネスはロドリゲスの方を振り向いた。証言の真贋判定ができるのは、この場に二人。しかも、政治的立ち位置は真逆。双方の確認があって、判定の信憑性が生み出される。


 ロドリゲスは渋い顔をしながらも、無言で頷いた。このままヒーサを裁けるかと思っていたら、それを否定する証言が飛び出したのだ。


 面白いわけもなく、周囲のざわめきもまた、彼にとっては不快そのものであった。



「バカな! それでは、証言に矛盾が生じるぞ!」



 叫んだのはブルザーだ。真贋判定で“真”と出たのであれば、ヒーサから受け取ったというアスプリクの証言と、渡していないというヒーサの証言が真っ向対立することになる。


 ヨハネスもロドリゲスも証言に嘘はないという判定を出している以上、ますます分からなくなってきた。


 受け取ったと言うアスプリクと、渡していないと言うヒーサ。そのどちらの証言も“真”であると結論が出た。


 どういう事なのかと、場は驚きを隠せずに更なる熱気を帯び始めるのであった。

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