12-37 審理再開! 今度こそ真相を求めて!(1)

 静かに椅子に腰かけているヒーサではあるが、その頭の中は未だにお祭りが継続中なほどに大賑わいを見せていた。


 なにしろ、同時進行で、本体ヒサコ分身体ヒーサ、そして、使い魔の黒犬つくもんを同時に操作しており、さすがの松永久秀なかみも、頭がパンク寸前であった。



(やはり、三者同時、しかも一つは戦闘機動ときた。疲れるな~、ほんと)



 ヒサコは突入前の準備も終わり、あとは機を図っている段階であった。


 黒犬つくもんはマークと共にヨハネスの身柄を奪還し、馬に変身して王宮に向かっている最中だ。


 そして、目の前ではアスプリクとライタンが声を張り上げて、激論を交わしている。


 ロドリゲスと、その取り巻き神官らによる実質私刑リンチに等しい尋問だが、二人はよくそれを堪えつつ、時間を引き延ばしてくれていた。



「だぁ~かぁ~らぁ~! それは濡れ衣だって言ってるじゃないか!」



「黙れ、魔女め! あれほどの悪行を働いておいて、大人しく神の許しを請い、懺悔せねばならぬというのに、その態度はなんだ!」



「濡れ衣の件で詫びを入れる相手なんかいないさ!」



「どこまでも下衆な奴め!」



「下衆と言うなら、あなたがそうではないか! 碌な審理をせずに、決まった道筋でこちらを裁こうという姿勢が透けていますな!」



「うるさいぞ、僭称者め! 神を恐れぬ不届きな輩は、黙っておれ!」



「黙ってたら、審理になりませんよ? 相手の口を塞いだ上で、ある事ない事を捲くし立てることが裁判とは……。王都の裁判所は改革をなさった方がよろしいかと」



 この有様である。


 もはやここまで来ると、売り言葉に買い言葉。互いに揚げ足取りに終始し、審理と呼ぶには相応しくない雑言の数々が量産されていた。



(だが、事は成った。時間稼ぎ、ご苦労だった!)



 ヨハネスの身柄を取り戻した以上、すでに二人の踏ん張りは実った状態だ。


 あとはヨハネスをこの場に招き入れ、【真実の耳】による審理を行えば、悪くない着地点に導くことは可能であった。


 では、そろそろ動くかと、ヒーサは席を立ち、前に繰り出した。


 しばらく黙っていた総大将の登場に、にわかに場がざわめき出した。



「二人とも、ご苦労だった。あとは私が引き受けよう」



 ポンと二人の肩に手を置き、その労をねぎらった。


 ようやく慣れぬ舌戦が終わったと、二人は安堵し、アスプリクに至ってはだらしないレベルのため息が漏れ出たほどだ。



「いや、ほんと、マジで疲れた。僕の持ち合わせている勤勉さってやつを、一生分使い果たした気分だ」



「よくまあ、大火力で相手を焼き尽くさなかったな。『術封じの枷』の効力は絶大だな」



「魚を焼くのに、薪をくべずに焼けると思う?」



「なるほど。魔力とは薪か。それなら、たしかに焼くことはできんか」



 妙な例えに納得しつつも、二人を下がらせ、いよいよ巻き返しの時が来たとばかりに、ヒーサは不敵な笑みを浮かべた。



「さて、やってくれましたな、枢機卿」



「何がだ?」



「あなたが法王聖下を誘拐し、閉じ込めていた件についてですよ!」



「な……!?」



 ロドリゲスは呆気にとられ、思わず顔を歪めたが、すぐに元に戻った。



「何を言い出すかと思えば、世迷言を!」



「すでに、聖下の身柄は奪還しました。あなたが用意した見張りは撫で斬りにしてね。今少し強力な護衛を付けておくべきでしたな」



「…………! 貴様、祭りの余韻冷めやらぬ内に、そんな血生臭い事をするとは!」



「そちらこそ、法王誘拐などという狡い真似をなさるとは、“恥”という概念をお持ちでないご様子。今一度、修道院あたりで修行のやり直しをすることをオススメいたしますよ」



 ヒーサとしては、すでに勝ちが動かない状況になりつつあり、今こそ完全に攻め時であると感じていた。


 今まで、アスプリクやライタンが散々に叫んでいたが、ロドリゲス一派は効く耳を持たず、持論を押し付けようとするばかりであった。


 しかし、この審議席にヨハネスが加わると、状況が一変する。【真実の耳】の効力は絶大であり、真相を暴き出すのには実に強力な術式であった。



(まあ、問題はあるとすれば、その術式をヨハネスが使うという点。都合よく捏造していると、ロドリゲスが喚きたてるかもしれんということだ)



 術式での答弁や調査は、術士の信用度が何よりモノを言う。信用のない術士が、発言の真贋を述べたとて、誰が信用するというのだろうか。


 その点で言えば、誠実なヨハネスは審問官としては最適と言えよう。


 ただ、今回は彼自身が問題に絡んでいるため、恣意的に聞き取った内容を改竄する恐れがある。そうイチャモンを付けられる可能性が高い。


 少なくとも、目の前のロドリゲスとその一派はそうするだろうが、他の顔触れには十分な効力を発揮することだろう。


 それを理解すればこそ、ロドリゲスは法王誘拐と言う禁じ手に打って出たのだ。



(裁判が決して、即日刑の執行となれば、ヨハネスの介入する隙を与えず、こちらに大打撃を与えれるからだ。そして、裸の法王となったヨハネスを、後はじっくり料理すればよい。いい作戦ではあるな、奪還されない事を前提にすれば)



 作戦がバレて、身柄が奪還されれば、暴挙に出たツケ払いをさせられることになる。穏健派のヨハネスもいよいよ容赦しなくなるだろう。


 ヒーサとしては、まさに反撃による地ならしの好機と言えた。



「よくもまあ、“魔王側”に通じて、裁判を蔑ろにしてくれたな、ロドリゲス!」



「何の話だ!? 言いがかりも甚だしい!」



「では、なぜアスプリクの処刑に拘った?」



「罪人を裁くのに、こだわりも何もなかろうが!」



「罪があるかどうかを審理するのが、裁判と言うものだ! 結論ありきの議論や審理など、それは裁判とは言わんぞ!」



 ヒーサの口調もいよいよ激しさを増していた。


 相手が枢機卿と言えども、容赦なし。なにしろ、処刑台にいくのは“あちら側”であるからだと、すでにそう予定が組まれている。


 法王誘拐の一手で、すでに情状酌量の余地はないと、ヒーサは結論付けていた。



「まして! 今この状況でアスプリクを処断していかがする!? 帝国の脅威が差し迫る中、長年にわたり前線を支えた火の大神官アスプリク! あるいは、ライタンとて同様だ。彼もまた、前線で戦ってきた歴戦である。それを罪なき罰によって損なっては、“皇帝陛下”より叙勲されそうですな!」



「いい加減な事を言うな!」



「ならばなぜ、“法王誘拐”という暴挙に出られた? そう考えればこそ、“まともに”審理をしそうな法王聖下を遠ざけ、異端審問の書類まで捏造し、事に及ぼうとした? 国家の利益よりも、政争を優先し、利権を維持することにのみに注力した結果であろうが!」



「言いがかりだ!」



「それを判断するのは、貴様ではない! 法王聖下だ!」



 ヒーサが叫ぶと同時に、審理が行われている大広間にヨハネスが入って来た。


 唯一の供廻りとして、マークを帯同させていた。


 なお、返り血で汚れていた変装のための法衣は、当然ながら脱ぎ捨てていた。



「ほ、法王……」



「せめて、様くらい付けろ、ロドリゲス」



 温厚で真面目なヨハネスはそこにはいなかった。人々の目からは完全に沸点を超えて、怒り狂っている一人の男がそこにいた。


 それほどまでに、ヨハネスの怒りは大きかったのだ。


 ヨハネスは自分を真面目なくらいしか取り柄のない人物だと思っていた。治癒系の術式であれば、国内最高とも言われてはいるが、枢機卿に就任してからは前線で使う機会も減り、しかも最近は失敗続きとあって、いささか自信喪失気味になっていた。


 ゆえに、ヨハネスは真面目に職責を全うすることに注力しつつ、教団改革に乗り出してより多くに人々に救いの手を差し伸べようとした。


 それが現在の行動原理だ。


 ジェイクやヒーサに法王としての権威を利用されているとの自覚はあったが、それでもそれには目を瞑ってきた。


 より多くの人を救おうとすること優先した結果だ。教団としての利益よりも、国家としての人々の利点からの判断だ。


 実際、ヒーサが行った改革によって、術士の利用法を目の当たりにした後では、余計に運用方法の改善を模索する必要があった。


 だが今、ヨハネスはそうした改革志向もあって、目の前にいる旧態依然としたシステムの中で生きようとするロドリゲス一派に激怒していた。


 論じて相手を諭すのではなく、誘拐と言う暴力に訴えてきたからだ。



「聖職者は互いに血を求めない」



 この不文律があればこそ、暴力ではなく議論を優先する傾向が教団内にはあった。


 もちろん、裏では買収や強迫による多数派工作があるのは知っているし、血で血で洗う抗争よりはマシだともヨハネスは思っていた。


 だが、その鉄則は崩れた。誘拐と言う一事によって。


 そこまで追い詰められているとも考えられるが、だからと言ってそれを認めるわけにはいかなかった。


 その甘さは既に失せた。マークがぶちまけた血飛沫とともに、ヨハネスの心から“寛容”の文字を消し去っていた。



「さあ、始めようか。王都騒乱の真相を求めて!」



 広間にいた聴衆全員が寒気を覚えるほどの、ヨハネスの心の奥底にまで響く声が、裁判の本当の意味での開始を告げた。

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