12-36 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(5)

「聖下、お迎えに上がりました」



「随分とまあ、物騒なお出迎えだな」



「それはあなた様をここに閉じ込めた輩に言ってください」



「同感だな」



 マークの姿から、屋敷の見張りを殺して、無理やり突入してきたことは明白であった。


 『互いに血を求めない』という不文律は失われ、教団内部でも殺し合いが始まりかねない危うい状況となった。


 なお、マークは教団関係者ではないので、厳密には不文律は破られていないのだが、聖職者もお構いなしに殺しているため、これはこれで異端審問の材料となり得た。



「それで、シガラ公爵の手の者か?」



「いいえ。カウラ伯爵の従者にございます」



「ああ、花嫁の方か。どちらにせよ、手段を選ばん夫婦だな」



 二人の結婚式を執り行ったのはヨハネスだが、よもやこんな形で“ご恩返し”が来るとは思ってもみなかった。


 人生、何があるか分からないなとしみじみと思うヨハネスであったが、のんびりしている時間が無いのも事実であった。



「それで、状況はどうなっている?」



「すでに裁判は始まり、当初は公爵の機先を制した口車が功を奏し、ロドリゲスの顔面を殴り付けるに等しい攻撃を加えました」



「それは重畳。……と、言いたいところであるが、ここまで強硬手段に出た以上、逆転されたな?」



「はい。今やあの裁判の場は“公式”な異端審問の真っ最中です」



 その言葉を聞くなり、ヨハネスは眉を吊り上げた。


 当たり前の話だが、法王として異端審問の権限をロドリゲスに与えた記憶などなかった。

 


「あやつめ……。本当になりふり構わずと言わんばかりに仕掛けて来るな」



「おそらくは、教団の法理部に手を回して、文章の偽造でも行ったと考えられますが?」



「だろうな。どいつもこいつも、なぜ真面目に審理しない? あるいは、帝国の脅威を安く見積もる? ここでヒーサやアスプリクを処断したとして、誰が帝国と戦い、皇帝を討ち取るというのだ?」



 シガラ公爵家は帝国軍に対して一歩も引かず、赫々たる武功を上げており、アスプリクもまた今は前線より退いているとは言え、かつては火の大神官として暴れ回った実績がある。


 これが欠けるだけでも王国側としては大損害であるし、危機に際して味方の有能な存在を“嘘の捏造”によって処断しようとするなど、利敵行為としか思えなかった。



「では、急いで審理を止めて、やり直しをせねばならんな」



「はい。馬を用意してありますので、それに乗って急ぎましょう」



 屋敷にいた有象無象は、すでに皆殺しにされていた。


 一切の証人を残すことなく、自分以上に“黒犬つくもん”の存在を消しておく必要があると、実に計算高く感じ取ったからだ。


 そして、二人が屋敷の外に出ると、そこはまさに地獄絵図。無数の引き千切られた死体が散らばり、足の踏み場がない程に血や肉片が大地にこびり付いていた。


 その中を悠然と立っている“黒くて大きな馬”がそこにいた。


 黒犬つくもんの擬態術の応用であり、犬から馬へと化けたのだ。



「随分と大きな馬だな」



「ヒサコの愛馬だそうですよ」



 マークの説明通り、実際にヒサコはこの黒い馬に乗って移動していたこともあり、あながち間違いでもなかった。



「……彼女も来ているのか?」



「いざとなったら、武力介入する気満々です」



「どいつもこいつも、法廷を何だと考えているのか……」



「自身の正義を示す場です。ただし、お互いに不正をしていますが」



「皮肉か、少年よ?」



「事実ですよ。聖下が真面目過ぎるのです。手を汚さないのは結構ですが、なりふり構わない相手には、虜となるだけだと自覚していただきたい」



 マークの言葉はヨハネスにとって、耳に痛い話であった。


 現に、ロドリゲスにしてやられた。買収、誘拐、文書偽造、これが正義を示す法廷で繰り広げられている戦い方なのだ。


 一方、ヒーサもヒーサで武力介入するための部隊を既に展開済みであり、合図一つで王宮になだれ込む手筈になっていた。


 結局のところ、“真面目”に裁判をしようとしていたのは、幽閉されて口を無理やり塞がれた、ヨハネスただ一人だけなのであった。


 他全員、真っ黒であり、あるいはマークのように朱に染まっている状態なのだ。



「秩序を取り戻す、それは容易ならざることだな」



「誰にとって都合のいい秩序ですか?」



「いちいち耳に痛いな、少年よ」



 ヨハネスは苦笑いしつつも、黒い馬に跨った。あぶみも鞍もない裸馬であるが、悠長に準備をしている暇もなく、ただしがみ付くだけであった。

 


「急げよ。そのまま一気に王宮へ!」



 マークが黒馬の尻を引っぱたくと、嘶きと共に走り始めた。


 地響きを感じるほどの巨躯の馬の疾走と、それに追随するマーク。ヨハネスは振り落とされまいと必死にしがみつき、二人と一頭は王宮へと急ぐのであった。

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