12-35 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(4)

 ヨハネスは自分の不甲斐なさを悔いていた。


 まさか法王である自分を幽閉するなど考えてもおらず、まんまと虜となってしまったことについてだ。


 年に一度の大祭“星聖祭”。その締めの挨拶として、王都近郊の教団総本山である『星聖山モンス・オウン』に戻り、最後の祭事を務めた。


 七日間続いた大祭もようやく終わり、王都における騒乱の方にようやく集中できると、気持ちを切り替えた矢先の出来事だ。


 王都では祭りの最中に宰相ジェイクが暗殺され、次に国王フェリクまでもが殺されてしまった。


 一般人にはそこまで情報は広まってはいないが、すでに貴族や高位聖職者の間では、隠しきれないほどに情報が拡散し、騒然となっていた。


 ヨハネス自身、これを収拾するために祭事と並行して、方々を駆け回ったが、“アスプリク犯人説”を事実の如何に関わりなく固定させ、以てシガラ公爵ヒーサへの攻撃材料としたい者が、貴族にも聖職者にもかなりの数が存在した。


 一筋縄ではいかないなと感じつつも、さすがに祭事と並行するのにも限度があった。


 祭りが終わり、それから徹底的に審理を行い、事態の鎮静化を図ろうというのが、ヨハネスの考えだった。


 だが、沈静化を“してほしくない”輩の手回しで、現在のような不自由な状況を強いられる結果となった。


 朝一で聖山を出立し、王都で開かれる予定の裁判に出席しようとしたら、まんまと馬車の護衛が買収されており、街道から少し離れた屋敷に押し込まれてしまった。


 抵抗しようとした側近らも捕らえられて、別の場所へと移送されており、ご丁寧に『術封じの枷』までハメられて、逃げる手段を一切失ってしまった。



(これは非常にマズい。ロドリゲスめ、よもやここまで手段を選ばんような行動に出るとは!)



 最初から真面目に裁判するつもりなどなく、こちらの口を塞いで上で強引に押し切り、さっさと処刑して事後承諾という流れに持って行く。


 一連の動きから、それを察するに十分すぎる状況が積み重なっていた、


 それは自身の破滅をも意味しているだけに、ヨハネスは頭を抱えた。



(そもそも、三頭政治の実態は宰相と公爵の二人がいて、初めて効力を発揮するのだ。私には法王としての権威しかなく、改革を推し進めるには、二人の後押しがあって初めて成立する。その二人を失っては、私は完全なる孤立無援。教団は再び改革前に逆戻りし、ロドリゲスがしたり顔で舞い戻ってくる)



 そして、自分はお飾りの法王として飼い殺しとなる。それが現在のヨハネスが思い描く、拝みたくもない未来の姿であった。


 今少し注意を払っていれば、こんな無様を晒すこともなかったであろうが、やる事があまりにも多すぎて、足元が疎かになっていたのは失策も失策であった。

 


(話せば分かる、などというのはどうにも都合が良すぎたか。このままでは)



 すべてが台無し。それどころか、侵攻してくる帝国軍を相手に、あれほど奮戦していたシガラ公爵軍を抜きで戦うことになるのだ。


 そんな単純なことすら“政争”の前では考慮に入らないとは、あまりにも度し難いと暗い気持ちが精神を染め上げていくかのようであった。


 その時だ。急に監禁されている屋敷の外周部に、荒々しい魔力の流れが不意に現れた。


 完全な不意討ちであり、その魔力が膨れ上がるまでは、ヨハネスも一切感じることができなかった。


 よく訓練された術士のやり口ではあるが、魔力の活性化から実際の攻撃に移ったと思われる一連の流れが、あまりにも滑らかで無駄のない動きに感じた。


 これらの動きから、相当な手練れが、それも“二人”もやって来たのだと感じたが、同時にそれは『互いに血を求めない』という鉄則を破ったことを意味していた。


 これはこれで後々荒れると感じつつ、ヨハネスは出立の準備を始めた。


 腰かけていた椅子より立ち上がり、少し硬直していた筋肉を動かして体をほぐし、いざとなれば走れるようにと準備運動に余念がなかった。


 そして、体が解れたと感じたところで、扉一枚の向こう側に、なにか禍々しい者がやって来たことを感じ取った。


 ところが、そんな気配とは裏腹に、扉をぶち破るような真似はせず、丁寧に鍵を開けてノブを回し、素っ気なく入って来た。


 なお、入って来たのは少年ではあったが、黄色の法衣は元より、手も、顔も、いたるところに返り血の跡があり、肉片すらこびり付いている有様であった。


 誘拐されて捕まっている状況でなければ、大慌てで逃げ出しているであろう装いだ。


 もちろん、それは屋敷に押し入って来たマークであった。



「随分と物騒なお出迎えだな」



「その台詞は、聖下をここに閉じ込めた者に言ってやってください」



 マークの素っ気ない答弁に、ヨハネスはその通りだと頷いた。


 不本意な流血沙汰であったが、これで自由の身だと気持ちを切り替えた。

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