12-34 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(3)

 マークは屋敷の方に向かって、堂々と正面からゆっくりと歩み寄った。


 齢十二歳ではあるが、ここ最近は背丈も大いに伸び始め、大人とさほど変わらなくなるほどに見違えていた。一年前ならアスプリクより少し高い程度であったが、今では頭一つは余裕で高くなっていた。


 当然、見張りの衛兵もマークの姿をすぐに視認し、視線がそちらに集中した。



「誰だ、お前は?」



 見た目が神殿関係者とあってか、握っていた槍の穂先を向けるような真似はしなかったが、当然ながら予定にない来訪者に対して警戒感を出していた。



「王都よりの使者として参りました。責任者の方はどちらでしょうか?」



 マークは普段こそ主人ティース以外にはガサツな態度で応じる事も多いが、諜報活動のためこうした演技も仕込まれていた。


 その気になれば、大抵の職業に成りすますことができ、つい先日までは王都の酒場で給仕係ウェイターをやっている際にも、この技術が役に立った。


 衛兵らが顔を見合わせ、どうしたものかと思っていると、法衣をまとったうちの一人が側に寄って来た。



「何者だ? 誰からの使者か?」



 当然の質問をマークに投げかけてきたが、そんな者などは存在しない。なにしろ、マークをこの場に寄こしたのはヒサコであり、当然それを正直に話すこともできないし、ヒサコにも神殿関係者を動かす権限を一切持ち合わせてはいない。


 最初から“荒事上等”な訪問なのだ。



「法王聖下を早く解放していただきたい。このままでは裁判が進みません」



「ああ、そう言う事か」



 法衣の男はマークの言葉を聞き、ニヤリと笑った。



「残念だが、聖下は“お休み中”だ。祭りの激務でお疲れのようで、王都へ向かう途中に気分を害されてな。今少し“療養”が必要なのだ」



「しかし、それでは裁判が進みません。どうか王都へ向かわれるように」



「黙れ! 聖下に無理強いをするなど、何たる無礼か!」



 法衣の男は激高してマークを追い返そうとしたが、マークにとっては“答え合わせありがとう”と述べたいほどの情報を提供してもらっていた。


 ヒサコの予想が当たり、ヨハネスがここに無理やり押し込められていたということだ。


 裁判と続く“処刑”が終わるまでは大人しくしていてもらう。そうして欲しい人物が、あの法廷の場にいるということなのは明白であった。



(法王への無理強いは無礼。いやはやその通り。では、そちらの流儀に従ってもらいましょうか)



 相手からの許可も得たとばかりに、マークも殺気を抑えながら行動に移した。


 法衣の裾からニョキッと黒い仔犬が顔を出し、マークはそれを両手で抱え、仔犬を法衣の男に差し出した。


 訳の分からぬままに差し出された仔犬を思わず受け取ってしまったが、そこから事態が一気に動いた。


 マークはその法衣の男を無視して横をすり抜け、信じられない速度で門扉の前にいた他の法衣をまとう二名との距離を詰めた。


 何だ? そう思う間もなく、手品のように袖口から生えてきた二本の短剣。一つは投擲し、もう一つは直接喉に突き刺した。投擲した短剣も、狙い違わず首に吸い込まれるように深々と突き刺さった。


 ほんの僅かな時間だが、二つの尊い命が損なわれた。真っ赤な血が噴水のごとくに吹き出し、ドサッとそのまま崩れ落ちた。


 そこで惨劇は終わらない。叫ぶ間もなく、残った神殿関係者も“食いちぎられ”たのだ。


 渡された仔犬がみるみる内に巨大化し、大きくなった口が呆ける頭を嚙み砕いた。



「聖職者は互いの血を求めない」



 この鉄則は聖職者、それも高位になればなるほどその傾向が強い。自身の地位向上のため、足の引っ張り合いなど日常茶飯事であるが、その最後の良心が“直接的な暴力行為の禁止”であった。


 その禁を破る者はまずいない。下手な振る舞いは自身の所属する派閥全体に影響があるため、そうなったら村八分であり、その後の出世はまず望めなくなる。


 それゆえの、不文律なのだ。


 だが、その鉄則もここでは通用しない。マークは暗殺者アサシン黒犬つくもん怪物モンスターであり、どちらも聖職者ではないからだ。


 “たまたま”神職の格好をしていた少年、可愛らしい仔犬の姿をしていた怪物、それが目の前に現れただけだ。


 それゆえにすんなり成功した奇襲。マークの事を神官と誤認した時点で、この一撃は約束されていたようなものであった。



「大地の精霊よ、我が敵の眼に砂を撒け! 【盲目の砂煙ブラインド・サンド】!」



 奇襲に成功し、厄介だと判断した術士三名はすでに始末したが、それでも周囲には完全武装の衛兵が存在した。


 それを見越してマークは即座に動き、術式で砂煙を巻き上げ、その視界を遮った。



「くそ! 視界が!」



「声をかけて、互いの場所を確認しろ!」



 巻き上がる砂煙の中、そんな声が飛び交うが、それこそマークの思うつぼであった。


 “目”に頼る戦い方は、マークは決してしない。“目”を封じられる状況など、いくらでも想定されているので、“他の感覚”で戦うことを体に刻み込んでいた。


 人間という生き物は、外部からの刺激、すなわち“情報”の獲得を目に頼っている。ゆえに、視界を遮られると言う事は、その情報を得る手段が制約されることを意味していた。


 しかし、マークはただの人ではない。それを踏まえて、暗闇の中でも活動できるよう、徹底的に“目”以外の感覚を鍛えた暗殺者なのだ。


 誰かが歩けば、耳が足音を拾い、風向きによっては匂いを鼻が嗅ぎ分ける。微妙な肌触りも重要な情報源であり、視界が無い状態でも十分に情報を拾うことができた。


 舞い上がった砂煙を引き裂き、混乱する相手の急所に短剣を刺し入れた。いかに完全武装と言えど、鎧には隙間があるし、首や脇も狙うことができた。


 ほんの僅か、風が吹き抜けるがごとくに近付き、刺し、次の獲物を求めて離れる。


 その繰り返しだ。


 だが、それは一方的な殺戮であった。


 マークのみならず、黒犬つくもんもまた、“鼻”を頼りに相手の位置を探り、近付いては鎧ごと食い千切っては、血肉を大地にぶちまけた。


 そして、砂煙が収まる頃には、少年と黒い犬以外はすべて骸になっていた。


 日の照り付ける白昼に行われた殺戮劇、その結果がこれである。


 辺り一面が血だまりと肉片で埋め尽くされ、先程まで警戒にあたっていた兵士らは、一人残らず神の御許へと召される事となった。


 その地獄のような光景の中、マークと黒犬つくもんは何事もなかったかのように、呼吸すら乱さずに周囲に生存者はいないかを確認した。



「まあ、こんなところかな」



 当たり前のことを当然のごとくこなした。そう言いたげなマークの一言であった。


 まだ血濡れの短剣を握って警戒したままだが、ひとまずは落ち着くことができた。



「いや~、お見事お見事。さすが、あたしが見込んだだけのことはあるわ」



 黒犬つくもんの口を借り、ヒサコが話しかけてきたが、マークは特に反応を示さなかった。


 嬉しくもなんともなかったからだ。



「……では、さっさと乗り込んで、法王の身柄を押さえるとしますか」



「そうね~。あ、屋敷の中にも人がいるでしょうけど、分かっているわね?」



「法王以外は撫で斬り」



「よろしい」



 さすがに暗殺者でもあるマークには、容赦の二文字はなかった。


 黒犬つくもんの存在は秘しておいて方が、ここぞという場面で役に立つのだ。あまりその姿を晒したくはないし、情報を持つ者はごく限られた人数であった方がよかった。


 それを説明するまでもなく、マークは全てを理解していた。



「んじゃま、さっさと片付けて、聖下を王宮にお連れするとしますか」



 ヒサコは黒犬つくもんの姿を縮め、屋内でも活動できるように中型犬程度の大きさにまで縮小させ、屋敷の中へと突入した。


 マークもそれを追いかけるように屋内に入り、返り血で薄汚れたまま、廊下を駆けていった。

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