12-28 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(8)

 裁判の席は、本筋から完全に脱線し、逆に罪を問われるべきシガラ公爵家が、セティ公爵家と教団側を責め立てる展開となっていた。


 ヒーサに言わせれば、それは実に“楽な仕事”であった。


 今の今までの情報操作の積み重ね。それを一気に放出して、聴衆の相手に対する印象を徹底的に悪化させて、味方に引き入れるだけで良かったからだ。



「これは教団側の不甲斐なさにも原因がある! 我が妹、ヒサコの戦いをご存じないのか!? 妹は教団からの援兵を受けられず、術士が一人もいない状態での戦いを強いられた! 幸い、そこにおられるコルネス将軍や、アーソの部隊の奮戦もあって一応の戦果を挙げることはできたが、教団やセティ公爵家の援兵があれば、より効果的な戦い方ができたのだ!」



 怒りをあらわにして叫ぶヒーサであるが、これも全部演技であった。


 必死さを強調し、事実として並べられた戦果を見せ付け、その上で相手を非難した。


 ヒーサの口から飛び出す言葉には、事実がしっかり入っているだけに、非難されるロドリゲスらの印象の悪さも一入ひとしおであった。


 しかも、きっちりコルネスなどの味方に引き入れておきたい者には、御世辞リップサービスを忘れない念の入れようだ。



「抜かしおるわ! だいたいそこにいるライタンを勝手に法王を名乗らせ、教団の秩序や組織を破壊しておいて、よくもまあそんな口を叩けるな! なんなら、この場を直ちに宗教裁判に切り替えてやるぞ!」



 ここでロドリゲスは明確な反撃行動に出た。


 宗教裁判は教団への反逆行為、あるいは教義への違反者、そして異端審問を執り行う教団主催の裁判の事である。


 これは教団の法理部が取り仕切ることになっており、“世俗”の裁判官は一切の口出しをすることができない。


 もし、ロドリゲスの言う通り、この裁判が宗教裁判に切り替わってしまうと、審議席に座る顔触れが全員法衣をまとう者となり、事態はヒーサにとって面白くない状態になる。


 なんと言っても、ライタンの存在自体を疎ましく思う者は、教団内にウジャウジャいるのだ。


 そのため、ライタンの扱いについては、法王ヨハネスも悩みどころの一つとなっていた。


 真・法王ヨハネスと、僭称法王ライタン、この両者は決して並び立ってはならず、並び立つことは教団の分裂が継続していることを意味するのだ。


 “術士の独占管理”を崩すため、教団内部からの浸食を図り、法王を僭称させるという一手に出たわけだが、この件でヒーサやライタンを嫌う者は、ヨハネスの派閥内部においてもかなり多い。


 むしろ、この点では穏便に済まそうと考える者は、教団内では少数派なのだ。



(そこはジェイクとヨハネス、そして、この私。三頭政治が上手く機能していた状態なら、反発を抑え込みつつ、緩やかな着地を図れたのだ)



 そのため、その三者の一角がいきなり崩れたのは、ヒーサにとって誤算であった。


 協調路線から、一気に簒奪に切り替えたのも、不安定な二強体制よりも、自分に権限を集中させた方が遥かにいいと判断したからに他ならない。



「ほう、宗教裁判ですか。それはまた、“勝手な事”をなさりますな」



 宗教裁判だけは絶対に避けたいヒーサは、ここぞとばかりに動き出した。



「勝手な事だと? フンッ! 教団の人間でない公爵の方こそ、口を挟まないでいただきたいものだな!」



「宗教裁判の是非においては、軽微な違反であれば、当該地区の責任者が主催すればいいが、今回そちらが訴え出たい案件は、“教団の分裂”などという前例のない程の巨大な案件。枢機卿一人でどうこうするなど、おこがましいと言っているのですよ」



「王族に関する事案については、王宮詰めの枢機卿である私の権限の内だ!」



「それは王族や王宮の“祭事”に関する事であって、“裁判権”まで含んでいるとは、寡聞にして存じ上げませんが、マリュー殿、本職としてこれをどう判断いたしますか?」



 ここでヒーサはマリューに視線を送った。


 現職の法務大臣ならば、“都合よく”法解釈をしてくれるだろうとの期待を込めての熱視線だ。



「……枢機卿猊下、残念ですが、あなたの権限のみでは、これほどの大規模な事案を宗教裁判に切り替えるのは不可能です」



「なんだと!?」



「法理部を管轄する枢機卿か、あるいは法王聖下の御裁可が必要な案件であると、私の頭の中にある教団法が教えてくれています。それで、聖下はいずこに?」



「……今は祭典の激務のため、お休み中だ」



 ここで、ヒーサはピンときた。



(ロドリゲスめ、ヨハネスに一服盛ったな!?)



 この重要な席において、あの真面目なヨハネスが姿を現さないのを不審に感じていたが、歯切れの悪いロドリゲスの答弁で、おおよそ察しがついてしまった。


 なにしろ、前回の御前聴取の際、ヒーサは体調不良で倒れたということにして、ヒサコに代理出席を依頼した経験があった。


 その時は単なる演技であったが、今回ロドリゲスはそれを本気で実行に移したのだと結論付けた。



(よもや同じ手を使うとはな。まったく、一服盛って事を成そうなど、なんたる外道なる振る舞いか)



 などと苛立つヒーサであったが、自分の行いについてはもちろん無視であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る