12-29 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(9)

 宗教裁判に持ち込もうとするロドリゲスの焦り様を見て、ヒーサは事情を察した。



(なるほど。サーディクを司会にして話を進め、反論を許さずある事ない事を捲くし立て、その勢いのままに宗教裁判に持ち込み、判決を出そうというのが当初の計画か)



 十分に有り得たこの“裁判ちゃばん”の流れに、ヒーサは少しばかり冷や汗をかいた。


 さすがに全容を掴めてはいないが、ヨハネスを何らかの方法で足止めし、横槍が入らぬように画策した上で、裁判の席で徹底的にシガラ公爵家を陥れ、被告席こちらの四人を揃って火炙り。


 それが“審議席あちら”の考えだったというわけだ。


 しかし、それはヒーサの先制攻撃と、サーディクの退場という形で大きく崩された。



(となると、やはり時間稼ぎは必須か。どこかで足止めを食らっているであろうヨハネスが来るまで、どうにか時間を稼ぎ、判決を引き延ばす必要がある)



 そう思考した上で、ヒーサはチラリと後ろを振り向いた。


 アスプリク、アスティコス、ライタンがそれぞれ椅子に腰かけ、特に何かするでもなく口を閉じてじっと座っていた。


 これも当初の作戦通り。基本的にはヒーサが答弁をし、質問や意識を集中させるようにしていた。


 ライタンはともかく、アスプリクやアスティコスは挑発に乗りやすい性格のため、議論の場では足手まといになりかねないのだ。


 しかも、不在証明アリバイのためとはいえ、自身との情事についても暴露してしまった。妙な質問が飛んできてぼろを出し、そこを集中的に狙われる危険もあった。



(あくまで矢面は私が立つから、もう少し神妙にしていろよ)



 ヒーサの視線に気づき、アスプリクも無言で頷いて応じた。


 アスプリクとしては、暴露話のせいで気恥ずかしさでいっぱいであり、もし質問が飛んで来たらまともな答弁ができるのかと、内心ビクビクしていた。


 ヒーサの任せろと言わんばかりの視線は、彼女にとってなによりの援護であり、必死で平静を装うための支えでもあった。



(場は十分に乱したし、あとは下らぬ答弁で時間を費やすか……)



 いつ終わるとも知れない戦。まさに籠城戦でもしているような気分であった。


 ボロボロの砦に籠って迎撃、敵方もそのつもりで一気に攻め上がろうとするも、思わぬ横槍が入り、攻めあぐねているのが今の状態だ。



(このまま賽の河原の石積みをできればよいが、そういうわけにもいくまいか)



 時間の経過が必ずしも、ヒーサにとって有利に働くとは限らない。


 最悪の場合は城外に待機させている、ヒサコが率いる部隊を突入させることすら考えていたが、できることなら裁判が有利なうちに終わって、ダメ押しとして追撃を加える形にしたいと考えていた。


 裁判に負けたからと言って、即武力に訴えて盤面をひっくり返すなど、体裁が悪すぎるというものだ。


 重箱の隅を突くヒーサの答弁と、スーラの横槍、それにマリューの恣意的な司会、時間稼ぎと相手への悪印象植え付けには成功していたが、やはり決定打とはいかなかった。


 そして、とうとう恐れていた面倒事が降りかかった。


 ロドリゲスのところに一人の神官が歩み寄り、一枚の書類を差し出してきた。


 その中身を確認するなり、ロドリゲスは今までの鬱積を晴らすがごとく、満面の笑みを浮かべ、それを高らかにマリューに突き付けた。



「進行役殿! 法理部からの書面が届いたぞ! 今この瞬間を以て、この裁判は宗教裁判と成し、異端者として魔女アスプリクを裁く場となったぞ!」



 勝利宣言に等しい発言は、まさに高笑いが響く実に不快な叫びとなった。


 当然、アスプリクも緊張した。世俗の裁判であれば、いくらでも逃げ口上はあるし、世論の同情を引けばあるいは、と考えないでもなかった。


 だが、宗教裁判となると話は別だ。異端審問の名の下に、審問官の独断と偏見によって、裁可が下されると言っても過言ではない。


 そうなると、アスプリクとライタンの立場は極めて不利に働く。


 片や数々の嫌疑をかけられ、魔女呼ばわりされている少女であり、もう片方は勝手に法王を名乗った背信者である。


 しかも、審問官はどうやらロドリゲスが引き受けるようで、審理席から立ち上がり、ズカズカを前に進み出てマリューを押しのけてしまった。



「さあ、裁判の続きをしようか、公爵よ」



 これまでの恨み辛みを晴らすべく、ロドリゲスは被告席の四名を順々に値踏みするように眺めた。


 どういたぶり、どんな判決を出そうか、生殺与奪を欲しいままにできる喜びを噛み締めるがごとく、舌をなめずりしていた。



(どんだけ、俗物なんだ、こいつは。もうちょい権勢欲を押さえて、その熱量を協調に仕えれば、案外いい奴かもしれんが、これでは完全に狂っているとしか思えないわね)



 アスプリクとしては、その狂気が自分に向けられていることに辟易してはいたが、今は動きが封じられているため、逃げる事も、焼き尽くすこともできなかった。


 頼みの綱はヒーサと、例の作戦を実行するために待機しているヒサコのみ。


 どうなるかは二人次第であるが、すでに覚悟を決めているアスプリクは、事態がいい方向に動くのを静かに待つだけであった。

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