12-22 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(2)

 初手からいきなり情事を暴露したヒーサ。アスプリクの不在証明アリバイのためとはいえ、さすがにその反応は大きかった。


 二人の仲が良いのは割と知られていたため、「やはりな」と思う者も多く、あるいは、「ここでバラしちゃうの!?」と考える者も様々であった。


 なお、審議席からは侮蔑に等しい視線がぶつけられてきた。



「フンッ! 随分と仲が良いと思っていたら、そういう関係か!」



「はい、そう言う関係なのです。宰相閣下から、『妹を頼む』と任されておりましたのでね。ついつい勢い余って寝所に招き入れてしまったのですよ!」



「焼石を掴まされて、運がなかったな、公爵!」



「焼石などとんでもない! とても愛らしい、年相応の可憐な少女ですよ、アスプリクは。“あなた”と違って無理やり手籠めにしたのではなく、笑顔一つで歓心を得ましたので、本来の顔を私に向けてくれていますよ」



「ぶ、無礼な!」



 なお、かつての教団の最高幹部会には、アスプリクに不埒な真似を働いた者がおり、その白無垢の体を汚した。


 だが、ロドリゲスは無茶ぶりな指示を出すことはあっても、アスプリクそのものに手を出したことはなかった。


 それゆえに、市井に出回る「ロドリゲスがアスプリクを手籠めにした」という噂は、真っ赤なデタラメであるが、そこはヒーサの情報操作により、すでに真実であるかの如く方々に拡散していた。


 なんらかの落ち度で、ロドリゲスがアスプリクに土下座で詫びたという“事実”もあるので、この醜聞拡散は容易に達せられた。


 これが功を奏し、法王選挙コンカラーベにおいて、かなりの票を落としたとも言われ、選挙敗北の一因になったほどだ。



「では、公爵よ、その晩、父上の寝所にいたアスプリクはなんだというのか!?」



「そこが嫌疑の中心なのですよ、サーディク殿下!」



 ヒーサは周囲をぐるりと見回し、手を高らかに上げた。



「宮仕えの方々に質問です! あの晩、アスプリクが陛下の寝所に入って行ったり、あるいは、王宮の中にて彼女の姿を視認した者はいるか!? いるのであれば、挙手してほしい!」



 広間に響くヒーサの声。だが、それはただ単に響くだけで、誰も手を上げる事はなかった。


 それを確認すると、ヒーサはニヤリと笑い、再びサーディクの方を振り向いた。



「誰も、ただの一人も、アスプリクの姿を見ていない。ただ一人を除いて」



「ああ、そうだ。私が目撃している!」



「その“証拠の無さ”こそ、私が殿下に嫌疑をかける理由です! さあ、殿下、あなたの“証言以外”の証拠を以て、あの晩、あの場所にて、アスプリクの存在を証明していただきたい!」



「ぬぅ……」



 サーディクも思わず、周囲を見回したが、特にこれと言った反応はなかった。


 夜間と言えど、王宮には多くの宮仕えがいたはずだ。警備の兵士から、当直の女官や役人など、いくらでもその目は見開いていたはずである。


 だが、ただの一人もアスプリクを見てはいないのだ。



(まあ、カシンがアスプリクに化けていたんだろうが、あいつが寝所に潜り込むまでに見つかるような、ヘマはするはずがないからな。騒ぎになっては暗殺もできんし、術で誤魔化すなりして寝所まで忍び込んだのであろうよ)



 有能な敵だからこそ、却ってその行動の巧みさには信用ができる。


 ヒーサによるカシンの上手さを逆手にとった、サーディクへの難癖であった。



「ほれ、ご覧の通り、誰も見ていない。見ているのは殿下だけ! 誰も見ていないなら、陛下の寝所にはそもそも、殿下しかいなかったという図式が成り立つ。ゆえに、私は陛下への殺害行為、これを殿下がやったのではないか、と疑っているのです」



「そんなことはない! 私は確かに雷の縄でアスプリクに締め上げられた! あの苦痛は、今でも鮮明に覚えているぞ!」



「おや? それはおかしい。アスプリクの得意とする術式は、火属性なのですぞ。雷は風属性から派生した術式。わざわざ不得手な術式を用いるなど、奇妙でありますな」



「自分の存在を隠したかったのだろう!?」



「隠したいのなら、殿下がこの場に“生きて”存在している時点でおかしい。隠匿するのであれば、目撃者は一切始末しておくのが普通ですからな。まるでアスプリクである事を強調するために、わざと目撃情報を残しているようではありませんか? そんな非合理的な事、有り得ません! 濡れ衣を着せたい、そう考える者以外にはね!」



 無論、これもアスプリクに濡れ衣を着せる為の行動だとヒーサも察していたが、カシンのやり口を徹底的になぞり、把握し、そこから都合のいい部分だけを抽出して、サーディクに送り付けた。


 カシンの巧妙な手口と、そこから生じる擦り付けのために敢えて残した非合理性、その矛盾した状況こそ、ヒーサにとっての突破口となった。


 濡れ衣を着せたい相手へ通じる道筋だけを残す。そのあからさまな状況に違和感を覚えさせ、印象操作を施した。


 現に、場がざわつき、居並ぶ聴衆の中にも「どういうことだ?」と疑問符が飛び交い始めていた。



「それに、アスプリクが誰かの殺害を目論むのであれば、得意の火の術式でササッと焼き殺せばいい。しかし、今聞き及んだ状況ではそれはなさそうですな。陛下の寝所、丸焦げでしたかな?」



「いや、そういうのはない。だが、アスプリクは燃えていた。それは間違いない。焦げてはおらんが、確かにいたのだ!」



「おやおやおや~? これまたおかしな話。燃えているのに、焦げた跡はない、そうきましたか。ますます、その存在を疑いますな~。本当に、殿下はアスプリクに会っていたのですかぁ?」



 粗を見つけては、徹底的に攻め込む。弱点を突くのは戦術の基本ではあるが、ヒーサのそれはとにかく徹底していた。

 


(カシンめ、ぬかったな。幻術を用いたのであろうが、演出過剰だぞ。まあ、この際、それは大いに利用させてもらうからな)



 宿敵からの“援護射撃”を受けながら、ヒーサはさらに敵陣へと斬り込んでいった。

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