12-15 油断大敵!? 難攻不落の要害はこうやって落とす!

(だからこそ、最重要なのは、いかにして相手の隙を、“油断”を作り出すか、そこにかかっている)



 ヒサコの結論はそこだ。


 どんな堅城であろうとも、落ちるときは落ちるものだ。


 松永久秀じぶんじしんの経験がそう囁いている。


 ならば、それを成すための状況を作り出すだけであった。



「そのために、お兄様はわざと捕まって、敵方の内側に入り込んだのよ。お兄様とアスプリク、この二人が牢屋に入れられたら、これで事態は解決。あとはどう料理してやろうかって、反対勢力は考えるわけ。ところが、調理場に魚を持ち込んで、さあ捌くぞって段階で、いきなり背後から襲われたら?」



「自分が撒餌になるなんて、ヒーサも大胆よね。最悪、暗殺だって有り得るのに」



「そのためのコルネスの抱き込みですよ。コルネスもこのままサーディク殿下の治世になったら、ブルザーに干されるのは目に見えてるから、だったらってことでこちらに協力する。護衛は任せても問題ないわ」



「情報を持って、ブルザーに駆け込んで、以て手柄とする動きは考えられるのでなくって?」



 ここ一年ほどの間に、ティースは大きく変わってしまったと自覚しているが、その最たるものが、“人を疑うことが基本姿勢”になってしまったことであった。


 毒殺事件やそれに続くヒサコとのやり取りで、とにかく疑うということを覚えてしまった。


 それ以前までは、そんな嫌な性格でもなかったと言うのに、これが貴族社会で生きると言う事かと、これでもかと思い知らされた。


 ゆえに、ティースはマーク以外を一切信用していなかった。


 今こうして“世界で一番信用のならない”ヒサコと会話しているのも、“我が子に王位を継がせる”という利害が一致して、決して裏切らないという保証があるからに過ぎない。



「ま、その心配もないではないけど、今回は大丈夫よ」



「その根拠は?」



「まず、手柄としては弱すぎる事。ブルザーの視点で見た場合、すでにお兄様を捕えて、料理する段になっているんだし、この時点で裏切っても感謝されない。多少褒められて終わりくらいね。それなら、お兄様の指示通りに動いて、後の栄達に繋げた方が幾分かマシってこと。それに……」



「それに?」



「私と戦って勝てるなんて微塵も考えてないから、絶対に裏切らない。私と言う恐怖が彼の心を縛る。積み上げた死体の山が、ここで役に立つよ言うものよ」



 なにしろ、ヒサコは帝国領で暴れ回り、積み上げた死体の数は十万を超えていた。


 しかも、女子供にも容赦なく、眼前でずらりと並べて、自ら首を刎ねて回ったほど徹底していた。


 その姿は敵味方に畏怖を与え、参加した将兵全員の記憶に刻まれていた。


 味方であったからそれほど恐怖とは感じなかったが、敵対するとなると話は別である。


 下手に敵対すれば、“家族”がこうなるぞ、という無言の圧なのだ。



「自覚してやってたんなら、やっぱあなたは悪魔だわ」



「殺一儆百、一罰百戒、少数を徹底的に潰して、多くの相手に警告を与える。人心掌握の基本よ」



「ヒーサはその逆をやっていたようだけど?」



「お兄様は飴、あたしは鞭、それが兄妹の基本姿勢だから。あなたもそれに引っかかっていたでしょ?」



「ほんと、いい性格しているわ、二人揃ってゲスの極みだわ!」



 ティースとしても、それ以上の罵声が思いつかなかった。


 まさに、自分もその奸計にどっぺり嵌り込んでいたからだ。


 ヒサコと喧嘩して、あるいは嫌がらせを受け、それをヒーサがたしなめ、優しく接してくる。心の隙間を埋めるような、実に嫌らしいやり方だったと、その本性に気付いた今だからこそ言えるのだ。


 もし、ヒーサの本性を見破っていなければ、今も優しい夫の腕に抱かれる淑やかな夫人のままであっただろう。


 考えただけでも、身の毛もよだつことであった。



「で、あとは状況に合わせて城内に突入する準備を整え、一斉になだれ込む。そこでお兄様やアスプリクの身柄を奪還し、玉座を手にする。もちろん、ロドリゲスを“殺害”して、ブルザーを“捕縛”しないと、後々面倒になるから、その辺はしっかりお願いしますね」



「ヒサコ、あなたも働くのよ! 指示ばっか飛ばしてないで!」



「残念だけど、両手が塞がっているのよね~」



 ヒサコはこれ見よがしに赤ん坊をあやしてみせるが、当然抱えているため両手は確かに塞がっている。


 これでは剣を握れませんよと、露骨なアピールであった。


 ところが、そこへ側に控えていたテアが進み出て、その赤ん坊を奪ってしまった。



「これで、手が空きましたね」



「おっと、そう来たか~。テアも意外と人情家ね~」



「公爵様のために、是非頑張ってくださいね」



「ん~、仕方ないか。じゃ、手が空きましたし、仲直りの握手ってことで」



 ヒサコはこれ見よがしにティースに手を差し出したが、もちろんティースはそれに応じることなく、そっぽを向いてしまった。



「あなたと馴れ合いはしないわよ。その腕を切り落とされないだけでも感謝しなさい」



「あ~ん、釣れないお義姉様ね~。私は仲良くしたいと思っていますのに」



「あんたと握手するくらいなら、魔王とダンスでもしていた方がマシよ!」



「フフッ、もうじきその機会が来ますよ。最前線での、血みどろの舞踏会がね」



 なにしろ、国内の混乱が収まったら、即座にアーソの地に戻り、皇帝との決戦が待っているのだ。


 なんとも忙しないことではあるが、やらねばならない事情があるのだ。



(折角、王国って言う器を手に入れても、壊されたら楽しみようがないものね。盛大に茶会を開くまでは、絶対にそんなことはさせない。断固阻止よ)



 世界を守るのは、あくまで自分の楽しみのため。どこまでもブレない戦国の梟雄であり、カンバー王国と言う“大名物”を手にするための、最後の仕上げに取り掛かるのであった。

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