12-14 結論! 王宮を“普通”に攻め落とすのは無理です!

 ティースは目の前にいる義妹ヒサコの自信満々な態度に懐疑的であった。


 状況はあまりにも悪すぎた。


 アスプリクが王都で色々とやらかし、それを匿ったということで、ヒーサが罪に連座する形で逮捕された。


 無論、これら一連の動きはヒーサも承知の上であり、捕吏の役目を置ていたコルネスも、すでに寝返らせることには成功している。


 だが、王都にいる敵対勢力はそのままだ。これ幸いとばかりに、こちらを攻撃してくるのは目に見えているし、しかもその材料まで提供してしまっている。


 宰相殺し、国王殺しは決して軽くはない。一族郎党根絶やしすら十分に有り得るのだ。 



「……それで、これからどうやってひっくり返すの? 状況的には、下手すると即決即断、即処刑台に直行なんてことになりかねないわよ?」



「そこは皆さんに“迷惑をかける”ことで解決しますわ」



「は?」



「迷惑がかかる。それは困る。どうにかしないとダメ。つ・ま・り! 今まで散々お兄様から“誠意わいろ”を受け取った方々は、必死で動いてくれるということです」



「……裁判とやらでヒーサが喚き散らせて、今までの事を暴露されると困る人が、色々と足掻いてくれるってこと!?」



「“誠意”あるお付き合いって、こういう時に役に立つんですよ」



 どこまでも下衆な発想であった。


 結局、誰も彼も自分が可愛く、火の粉が飛んでこない様にするのに必死なのだ。


 火事が延焼し、自分の足元まで焦がすような真似は、絶対に許容できないというわけである。



「ま、それはあくまで時間稼ぎ。こっちが決め手を打つまでのね」



「王都に密かに兵を入れるってことは、要するに武装蜂起クーデターじゃない」



「お姉様、そこはほら、世直し、これくらいの表現の方がみやびでいいですわね」



「言い方なんてどうでもいいわよ。武装した兵士を王宮に乱入させ、各所を制圧し、裁判をひっくり返すってことなんでしょう?」



「いいえ。と言うより、裁判自体は“勝つ”つもりでいますから、どちらかと言うと“ダメ押し”に近いかもしれませんね」



「勝てるの!? こんだけ悪条件揃っているのに!?」



「先程も言いましたが、お兄様に負けられると“困る”方が多いですから、方々から援護射撃が飛んできます。これを利用すれば、最悪“引き分け”くらいには持ち込めます。そこからが私達姉妹の出番と言うわけです」



 ヒサコはいつになく悪い顔をしていた。


 悪辣さに磨きがかかっている、とでも評すべき顔であり、ティースが背筋に寒いものを感じさせるほどの表情であった。


 どこまでも計算ずく、どこまでも予定通り、そう言いたげな顔だ。



「お兄様はすでに部隊を分離させ、二百名の兵士を王都に向かわせてます。そして、こちらも百名ほどがこれから行方知れずとなります。私達二人共々ね。これで合計三百名」



「しかも、内通者コルネスが内側にいる」



「そう。王都に潜入するときも、王宮になだれ込むときも、役立ってくれるわ。彼、とても素直で分かりやすい性格だから。動きは遅いけど、動き出したら着実に前進して地固めをする。帝国領での戦いでも、実によく働いてくれたわ」



「あとは、マークの繋ぎ次第か」



 その点では、ティースも安心感があった。


 マークは先んじて王都に潜入しており、分散している小部隊の繋ぎ役を務めることになっていた。


 “その時”がくるまでは、十名から二十名程度の小部隊に分かれて行動することになっており、各部隊間の連絡はすべてマークを挟んで行うことになっていた。


 呼吸を合わせて行動するには、部隊間の連携が重要であり、その要になっているのがマークであった。



(ナルがいれば、もう少し楽ができたんでしょうけどね)



 こういう情報戦や裏工作でこそ、密偵スカウトの活躍の場ではあるのだが、その最良の手札は失われてしまっており、ないものを強請っても仕方がなかった。


 マークはまだ十二歳の少年ではあるが、ナルがしっかりと鍛え上げており、その点では抜かりはない。



「でも、三百名で王宮って落とせるの? あそこ、かなりの堅城よ?」



「まあ無理ですね。前に訪問した時にザッとだけど、見させてもらいました。結論を言えば、あれは力押しじゃまず落とすのは不可能」



 ヒサコの頭の中には、王宮と周辺の地形がバッチリと描かれていた。


 王都の中央を流れる川の中州に建てられており、両岸に繋がる跳ね橋以外に渡る手段がない。城壁も堅牢で、各所に櫓や砲台が設置されており、船での渡河も厳しい。


 おまけに、周囲の建造物や通路にも工夫が施されており、攻城兵器を設置するのが困難であった。


 築城の名手である松永久秀の見立てでは、あの城を落とすのは“無理”という結論が出ていた。



(力攻めでは無理。兵糧攻めとか坑道戦術みたいな悠長な攻め方もだめ。そんな時間も兵数もない。つまり、橋が上がる前に突入することが、最低条件になる。だからこその“奇襲”!)



 松永久秀の記憶の中にも、堅城があっさり落ちた例が記載されていた。


 尼子経久あまごつねひさ月山富田がっさんとだ城を、竹中重治たけなかしげはる稲葉山いなばやま城を、僅かな手勢で占領している。


 いずれも城方の隙を突いた奇襲であり、“相手の油断”と“城の情報”こそ、堅城を落とすための要素なのだ。



(今から攻め込む王城は間違いなく堅城。だからこそ伏せたる手札がいる。奇襲と、内通者、協力者、なにより相手の油断……。まあ見ていなさい。全部ひっくり返してみせるから)



 状況は不利。だが、逆転の目は十分すぎるほどに残されている。


 気を付けるべきは暗殺だが、それさえ警戒を怠らなければどうにかできる自信はあった。


 あとは一手一手、丁寧に進めていくだけだとヒサコは決意を改めて固めた。

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