12-13 喧嘩するほど仲が良い!? いいえ、ガチで義妹は嫌いです!

 かつて二人の出会った場所で、再びひっくり返す。


 ティースとヒサコが最初に出会った王宮の大広間。全ての始まりである因縁の場所だ。


 そして、そこはティースにとって嫌な記憶しかなった。


 国王以下、国家の重臣から何人もの貴族まで列席し、目の前にいるヒサコにコテンパンに恥をかかされた上に、当時は考えてもいなかった結婚までさせられたのだ。


 カウラ伯爵家は実質的にシガラ公爵家に併合され、名ばかりの伯爵に成り果てた。


 しかも、それらは全てヒーサが仕組んだことであり、まんまとしてやられた格好となった。


 それを思うと、あの場に再び参じるなど、苦痛以外の何ものでもない。



「なんと言うかさぁ、また“裁判ごっこ”でもやろうって言うの?」



「“ごっこ”じゃないですわよ、お姉様。本気も本気。ガチな裁判。なにしろ、魔女として火炙りにでもなりかねないですからね、今のアスプリクの“表向き”な事情だと。どうにかして助け舟を出して赦免しないと、確実な死が待っています」



 それだけは絶対に避けねばならない事情があった。


 なにしろ、あの白無垢の少女は“魔王”の苗床であるからだ。



(そう。見捨てるなんてのは論外。その弾みでタガが外れる可能性だってある。今、アスプリクが心の支えとしているのが、ヒーサとの信頼関係であり、補完しているのがアスティコスとの家族愛。それが崩されるような事態を避けないと、そのまま一気に心の闇に引きずり込まれる危険だってある。それだけは絶対にダメ)



 アスプリクを救うのは、今回の最低条件である。他の事を捨ててでも、絶対に成さねばならない案件だ。



 下手を打てば、再び行方をくらましたカシンに付け込まれるのがオチであった。



「表向きな情報だけで判断すれば、アスプリク、色々とやらかしたわ。火炙りは十分に有り得る。兄殺しと言う名の宰相暗殺、父殺しと言う名の国王暗殺、おまけに王都の一部を物理的に炎上させた。普通に考えたら、八つ裂きにされてもおかしくない」



「あんないたいけな可愛い少女を八つ裂きだなんて、王都の人達には人の心が無いんでしょうかね~」



「それをあんたが言うか。下衆め……」



 無実の人間を何人もあの世へ送り出し、それでいてお気に入りの女の子には特別優しい。


 どこまでも気に障ると、ティースはまた苛立ちを募らせた。


 もっとも、ティースは“魔王”に関する情報が無いようなので、それは仕方がない判断と言えた。



(まあ、この反応を見るに、マークもさすがに魔王の事はティースに伏せたってことよね。主人に余計な悩みの種を増やしたくないってところは健気だけど、いずれこちらから話さないとダメね~)



 ヒサコは意外とマークも、自分で考えるようになってきたかと再評価した。


 なんでもかんでも誰かの指示を受けていたが、自分で考え、主人にすら重要な情報を伏せて、全体を把握できる視野を手にしたと言えよう。


 能力が高いだけの単なる指示待ちの人形から、自律した工作員へと変じたのだ。


 ますます使い出がある存在に仕上がって来たなと、思わずニヤついてしまった。



「別にアスプリクだけが特別ってわけなじゃいですよ~。あたしは慈しみが大事だって知っています。愛し合うことが何よりも大切だと感じている、平和主義者ですからね、あたしは」



「平和主義者? ハンッ、もう少し気の利いた冗談は言えないの?」



「本当の事ですよ~。ただ、他人に対して干渉し、より積極的な平和を説いて回っているだけですから」



「それのどこが平和よ。結局のところ、単なる自己都合、自己満足じゃない!」



「自分にとって都合のいい状態を、“平和”って言うんですよ。例え城壁の外側で阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていようとも、城内平和が成っていればそれでいい。あたしはそう言う人間ですし、あたしにとってはそれが平和なのですから。お姉様もそうじゃありませんか?」



 その考えは分からないでもないティースであった。


 ティースもすでに、その手は汚れ切っていた。お家再興のために我が子すら手放した、外道も外道な女伯爵である。


 自身とその周囲が平和であれば、あとはどうでもいいと思わなくもないのだ。


 ただ、目の前の義妹はその行動が、とにかく徹底しているだけでしかない。



「いい性格しているわ、相変わらず。地獄を見ながら酒を飲んで談笑できるなんて、あなた、やっぱり人間じゃなくて悪魔かなんかじゃない?」



「かもしれませんね~。まあ、お兄様に尽くすように生み出された存在ではありますし、自身が人間かどうかなど、些末な問題でしかありませんわ」



「麗しい兄妹愛、とでも評しておけばいいかしら? 忠実なるお人形さん」



「そう言っていただければ満足ですわ。それがあたしの存在意義ですから」



 嫌味や皮肉の応酬であるが、どちらも笑顔なのがなお怖いと、それを見ていたテアは胃を押さえながら思った。


 バチバチと火花を散らす二人の視線が、どうにも神経に響いてくるのだ。



(ああ、マジで勘弁してほしいわ。ていうか、神でも胃が痛くなることがあるんだ。うん、初体験。というより、この世界に馴染み過ぎた上に、この二人の板挟みを食らっているせいかな~。もう少し“平和”に解決できないかな。まあ、無理だろうけど)



 今までのヒーサやヒサコによるティースへの仕打ちを考えると、仲直りなど到底望めそうにない状況であった。


 両者が協力関係にあるのは、あくまでも割り切った“利害関係”のみだ。


 産まれた我が子の死を偽装し、ヒサコの子供として王位に就ける。常軌を逸した計画だが、それだけに少数だが絶対に裏切らない強力な味方がいるのだ。


 そのためだけの同盟。裏切りはないが、それだけに割り切った関係であった。


 信頼もなにもないので、それ以外の案件には容赦ない喧嘩が始まってしまう。それに毎回巻き込まれるテアは腹をさすり、さっさと終わってくれと心の中で愚痴るばかりだ。


 なお、本気で嫌っているティースに対し、ヒサコはそれなりに楽しんで会話しているようなのが救い難かった。


 松永久秀ヒサコのなかみに言わせれば、“ちょっとばかり”嫁をからかってじゃれている程度でしかないのだ。

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