12-9 懐柔せよ! 甘いも苦いも織り交ぜて!(4)

 アスプリクを助けるためにも、王国を乗っ取ると宣言したヒーサ。


 それを聞いたアスプリクは、心臓が破裂しそうな勢いで体の内側が飛び上がっていた。


 そんなアスプリクの心情を察しながらも、コルネスは敢えて無視して話を続けた。



「……で、具体的には、私に何をしろと?」



「まずは、私自身の身の潔白を証明しなくてはならん。よって、裁きの場に出て、審問を受ける必要がある。しかし、審問前にこちらをが害する輩が、今の王都にはウジャウジャいる」



「つまり、それまでの身の安全を保障して欲しいと?」



「無実の罪で殺されるのは、御免こうむる。それだけだ」



 なお、その場の幾人かが、「無実の人間、あんたは何人殺したよ!?」と心の中で叫んでいたが、ヒーサはそれを無視して話を続けた。



「護衛を付けるのは構いませんが、同時にあなた自身の力も削がせていただく。身の潔白を証明するまでは、あるいは武力蜂起も考えられますので」



「まあ、当然と言えば当然だな」



 そこで、ヒーサはサームに視線を向けた。



「サーム、お前は兵を率いて、公爵領に戻れ。ティースもそれに随行しろ」



「ハッ! 畏まりました!」



 サームは“予定通り”、兵を引き上げることを承諾し、ティースもまた無言で頷いた。



「で、コルネス殿、私、アスプリク、アスティコス、ライタン、以上四名の身柄は貴殿にお任せする。これでよろしいかな?」



「はい、結構です」



 意外なほどあっさりと決まり、コルネスとしてはいささか拍子抜けしているほどだ。


 最重要参考人である、ヒーサとアスプリクを捕縛し、その軍勢は大人しく引き上げるのだという。“穏便な解決”の道筋としては、これ以上に無い満額回答だ。


 一戦もやむなしと考えていたが、それを回避できたのは僥倖であった。


 ただ一つ、“簒奪”の気配を除けば。



「時にコルネス殿、現状、次の王位は誰が継ぐと思う?」



「順当に行けば、第三王子のサーディク殿下でしょう。直系の男児でありますし、軍歴を重ねており、立派な御仁です」



 第一王子、第二王子がすでにいないので、順番に則れば三男にお鉢が回るのは当然であり、ヒーサもそれには異論もなく、頷くだけであった。



「だが、それではあまりおいしくない・・・・・・のではないかな、コルネス殿自身が」



「……公爵様、何が言いたいのですか?」



「確か、貴殿の奥方は宰相閣下の御妃クレミア様の近侍を務めていると聞き及んでいる。貴殿自身、宰相閣下の腹心でもあるし、並ならぬ武功を上げている。閣下への暗殺事件さえなければ、まさに順風満々でしたでしょうな。国王より信任厚き第一の将軍で、奥方は王妃付きの侍女頭、本来なら有り得た輝かし未来ですが、すべてが台無し。いや、本当に残念」



 奥歯に物の詰まったような嫌らしい喋り方に、コルネスは苛立ちを覚えた。


 それでも面罵しないのは相手が格上である事と、言っていることが事実であるからだ。


 ジェイクが国王に就任すれば、自身も当然格上げとなり、上手くすれば新国王の信認の下、元帥になることすら見据えることができた。


 しかし、サーディクが次の国王になると、そういうわけにはいかなくなる。


 サーディクの妻はセティ公爵家の出身であるため、セティ公爵ブルザーが外戚として権勢を振るうのは目に見えていた。


 そして、ジェイクとヒーサは協力関係にあったということで、ブルザーが目の敵にするヒーサの仲間だと認識される可能性は高い。


 サーディクの治世、それはコルネスにとっては全く“面白くない”のである。



「しかし、どう言う事でありましょうか、王家には“直系の男児”がもう一人いますなぁ~。我が妹ヒサコの腕の中に」



「アイク殿下の御子であるならば、その通りでありましょうな」



 あくまで過程であるが、あまりに都合が良すぎる男児の出産に、コルネスとしては懐疑的にならざるを得なかった。


 それこそ、孕んでいると演技をした上で、産み月になってからどこぞから赤ん坊を調達すれば、周囲は誤魔化せるのだから。


 そこの辺りがどうにも引っかかり、嘘か真か、判断が付かないでいた。



「難しく考えることはありません、コルネス殿。ヒサコの息子が次期国王となれば、あなたの未来を取り戻すことができるのです」



「ふむ……、いかにしてそれを成すと?」



「ヒサコの子供は男児。そして、宰相閣下とクレミア様の間には、女児がおられる」



「まさか、お二人を結婚させると!? 何をお考えか! 零歳の男児と一歳の女児の結婚など、聞いたこともありませんぞ!」



「形式的な物ですよ、形式! 婚約程度のものでも結構! 要は、シガラ公爵家と宰相派が不可分の同盟であると、周囲に喧伝するための材料なのですから」



 理屈としては通っているが、それを実際にやるかどうかは別問題である。


 片言も喋れぬ幼児を戴き、王国を切り盛りするなど、とても常人の発想とは言い難かった。


 ヒサコ同様、ヒーサも頭の中身がぶっ飛んでいると、コルネスは思い知らされた。


 同時に、抗えぬ蜜を垂らしてきていることも、自覚させられた。



「ククク……、新しい王妃様はまだ幼く、それをしっかりと養育するのには、優秀な侍女が必要でしょうな。生母であるクレミア様に加え、今一人、能力に秀で、信任ある者を配すれば盤石でしょう」 



「それを我が妻に任せよう、と言う腹積もりですか?」



「いかにも。私が“王太后”ヒサコに強く推しますれば、それも叶いましょう」



 王太后、という単語にはさすがにコルネスも驚いた。


 確かに、ヒサコの息子が王位に就けば、その生母であるヒサコが王太后になるのは自明であった。


 しかし、コルネスのよく知るヒサコは、戦場を縦横無尽に暴れ回る姿か、あるいは戦陣の天幕の中で、奇想天外な策を弄する、冠絶なる智者のイメージしかなかった。


 とても、王宮の一室に鎮座しているような、そんな大人しい姿など想像することができないのだ。



「そして、コルネス殿はヒサコの指揮の下、帝国領での戦いにおいて活躍されていた。ヒサコから私の下へ届けられた書簡においても、よく貴殿の事を褒めていた。サームからの報告もある。王太后の信任厚き将軍、軍務においてはかなり頼られるでしょうなぁ」



「そのような評価を戴けるとは、過分な事であり、恐縮です」



「つまり、戴く人物は違えど、私の計画が上手く行けば、失われた輝かしい未来図を、再び描くことができると言うわけです、コルネス将軍……。あ~、いやいや、“コルネス元帥閣下”! 悪い話ではありますまい?」



 ヒーサの口から漏れ出る甘言は、あまりにも甘美な香りが漂っていた。


 夢にまで見た武官の最高位である“元帥”。しかも、平民出の元帥ともなると、史にも記されていない。


 それが目の前に提示され、そのための道標まで見せつけてきた。


 コルネスの急所を的確に抉り、抗い難い濃密な魅力を漂わせていた。


 ヒーサとブルザー、どちらがより自分の未来のために協力してくれるか、それは考えるまでもないことであった。



「家族の安楽な生活を考えるのであれば、自分が出世してそれ相応の地位についてこそではありませんか。娘さんにとってはその方がいい」



「……詳しくお聞きしましょう、公爵閣下の計画を。それと、自分に娘はいません。息子です」



「おっとそれは失礼。貴殿は家族の事をとんと話さないとヒサコから聞いていてな。勘違いしていた。で、計画の方なのだが……」



 こうしてまた一人、“共犯者”が生み落とされた。


 まずは計画の第一段階、“コルネスの抱き込み”が上手く行ったのを確信し、ニヤリと笑うのであった。

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