12-10 密室の四人! なお、空気は最悪である!

 王都に向かう街道を、千名を超す完全武装の軍団が進んでいた。


 それも、“僅か二台の馬車”を前後左右、隙なく護衛するように配備しており、道行く旅人らを驚かせた。


 いったい誰を護衛しているのか、と。


 ちなみに、その中にはヒーサ、アスプリク、アスティコス、ライタンの四名がいた。



「いやはや、結構な待遇だな。これでは迂闊に手は出せまい」



 ヒーサは馬車の窓から周囲の状況を観察し、がっちりと護衛の兵士を配してくれているの確認して、ヨシヨシと頷いた。


 この馬車は先頃まで自身を運んでいた馬車だが、シガラ公爵家の馬車だと一目で分からない様に、家紋やら旗印は取り外されていた。


 しかも、四人が乗る馬車とは別にもう一台、似たような馬車まで用意しており、そちらには家紋を付けたままにしてあるので、囮としての役目を果たしていた。


 コルネスは慎重で手堅い男であるが、一度約して動き出すと、中々に徹底していた。


 こういう男であることは“ヒサコ”の目でよく観察していたので、しっかりとこちらに“寝返った”ことを確信するに至った。


 ヒーサは車窓のカーテンを閉め、車内に視線を向けたが、その空気は非常に悪かった。


 理由は簡単。移動中は人目を気にしなくていいからと、アスプリクがヒーサの隣に座し、ベッタリと張り付いているからだ。


 まるで子猫のように甘えており、小さな体をもたれかかり、愛撫を求めて何度も何度も頬を摺り寄せてくる有様だ。


 それを対面からアスティコスが睨み付けていた。姪の隣は私の場所、それを奪うな、と言わんばかりに不機嫌そうであった。


 ライタンはその光景から目をそらし、居づらそうにしながら現実逃避していた。



「さて、皆様方、いよいよ作戦は開始された。もうここからは後戻りはできん」



 ヒーサは場の空気をあえて無視し、口を開いた。


 他三名の態度も変わらない。聞いてはいるようだが、行動に変化はなかった。



「コルネスには散々に言い付けて、すでに王都には早馬が走っている。『シガラ公爵を逃亡中の暗殺犯と共に、その身柄を押さえた』とな」



「その言い方は、ちょっと癪に障るな~。まあ、事実ではあるから、反論はできないけど」



 アスプリクはヒーサに向かって甘えながらも、視線は上目遣いでその目を見据えていた。


 不本意ではあるが、兄ジェイクを殺害したのは、紛れもなく自分自身なのだ。油断が隙を生み、その隙に乗じられる形でそうなったのだが、それと気付かずにいた自分が悪いのだと悔いてはいた。


 その後の対処もまずいものばかりで、いかに自分がヒーサの下で“温い”生活に慣らされていたと、反省するに至っていた。


 だが、それは年齢に相応しくない生活であり、ヒーサの所での生活こそ、むしろ年頃の乙女としては真っ当であった。


 そう理解すればこそ、ヒーサはアスプリクの頭を撫でて、その甘えを許した。真正面から突き刺さる、アスティコスの視線を流しながら。



「すでに、ティースも、マークも、サームも、それぞれの仕事に取りかかっている。ユラユラのんびり過ごせてはいるが、王都に到着してからは、のんびりできなくなるし、今のうちに英気を養っておくのだぞ」



「養うも何も、苛立ちしか湧いてきませんが、この感情を切り離して、窓から放り投げれる方法があるなら、是非伝授して欲しいものです」



 アスティコスも容赦がない。彼女にとっては、姪のアスプリクが全てであり、それを守る事が自分の役目であると自負していた。


 その役目を奪うヒーサに対しては、殺意に近いものを抱いていた。


 ここで飛び掛からないのは、アスプリクがヒーサに密着していて、被害がそちらに及ぶからでしかない。


 その横のライタンはますます悪くなる場の空気に辟易して、ただただ視線を逸らしてため息をはくだけであった。



「まあ、アスプリクの英気を養うのは、“これ”が一番であるからな。目を瞑って寝ておくことをおすすめするぞ」



 ヒーサの手はアスプリクの頭を撫でており、それがアスティコスの神経を同時に逆撫でしていた。


 アスプリクにとっては、ヒーサに優しくもらえることが何よりの御褒美であり、ヒーサもそれを理解していればこそ、丁重に扱っていた。


 魔王の覚醒が可能性としてある以上、アスプリクの精神浄化メンタルケアは必須であり、少女を愛でるのもある種の仕事と割り切っていた。


 その点はアスティコスも弁えてはいるが、それでも目の前で可愛い姪っ子が、汚らわしい人間の男の手で汚されるのを眺めていられるほど、スッパリ割り切れてはいなかった。


 結局のところ、理解と納得は別次元の領域なのだ。



「ああ、本当にイライラしますね。私、火の術式は苦手なのですが、今ならアスプリクに匹敵する業火を呼び出せそうな気がします」



「おお、それは楽しみだな。二人の合作で、是非あのアホ皇帝を焼き尽くしてくれたまえ」



 ヒーサは心の底からそう思い、満面の笑みを浮かべながら丸焦げの死体を想像した。


 なにしろ、皇帝の正体はかつての世界において、身の程も弁えずに反抗し、始末した室町将軍・足利義輝あしかがよしてるだと聞かされていたからだ。


 恨みのあまり化けて出たかと考えたが、そもそも自分もあちらの世界では焼き殺されたかと考え直し、今度はバカ将軍に炎の熱さを教えてやろうと、あれこれ模索し始めるのであった。



「あぁ~、でもあれですね。苦手なので的を絞れず、友軍に誤射してしまいそうですがね。その際は、あなたが丸焦げになりますけど、あしらかずってことで」



「自軍本営が炎上したら、目も当てられんな。ちゃんと狙ってやれよ」



「そうね。“ちゃんと”狙ってやるわ」



 ヒーサを睨み付けながら言い放つアスティコスの瞳には、炎がゆらめいているようにも見えた。


 本気で狙って撃って来そうなので、ヒーサはわざとらしく肩を竦めた。


 本当に勘弁してくれ、ライタンは頭を抱えて最悪な空気に耐えていた。


 ヒーサは挑発するし、アスティコスはそれを真っ向から投げ返すし、アスプリクはその光景を“楽しそう”に眺めているしで、収拾がつきそうもなかった。



(誰か助けてください。馬車の空気が最悪です)



 見ないように現実逃避を続けるライタンは、車窓から遠くを眺め、外の景色で気を紛らわすのが精一杯であった。

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