12-8 懐柔せよ! 甘いも苦いも織り交ぜて!(3)

「王国を、乗っ取るですと!?」



 ヒーサより発せられた言葉は、コルネスを驚かせるのに十分であった。


 あまりのことに思わず腰に帯びていた剣に手が伸びそうになったが、背後からの手が柄に手を置き、その動きを制した。


 一切気配を感じさせず、ビクリとして後ろを振り向くと、そこには少年が一人立っていた。



「お静かに。“交渉”の席での刃傷沙汰は、どうかお控えください」



 グサリと臓腑を抉るような冷ややかな台詞であり、コルネスはそれに従わざるを得なかった。


 ちなみに、この少年はティースの従者マークである。コルネスが天幕に入ると同時に背後に回り込み、万が一にも逃げないように備えていたのだ。


 完全な不意討ちであったため、コルネスはすっかり委縮してしまった。


 歴戦の将軍と言えど、暗殺者相手では普段と勝手が違う上、その気になればいつでも殺せる状態にある相手には、迂闊な真似などできはしなかった。



「あぁ~、よせよせ、マーク。彼は大事な客人だ。脅すのは良くない」



 ヒーサは良くないと笑顔で少年を窘めたが、目は笑っていなかった。


 その気になればいつでもるぞと、服の下から刃物をチラつかせた格好だ。


 そこにティースが手で合図を送り、マークは主人に一礼してから、コルネスの背後に立った。あくまで、入口を塞ぎ、逃げられない様にするためだ。


 交渉と言いつつ、その実、これは“脅迫”に近かった。



「まあ、少々表現に問題があったか。むしろ、正当なる王位の継承と言うべきかな? なにしろ、ヒサコが産んだのは“第一王子の子”だからな。現国王とは直系の孫にあたる。継承の資格はある」



 理屈としては、ヒーサの言は正しい。ヒサコとアイクの間に生まれた子供であれば、継承権が付与されるのは間違いない。


 ただし、それが“真実”であればの話だ。



(そう。ヒサコ殿の奮戦ぶりは凄まじかった。しかもあれを身重の状態で成したのだ。皆が聖女と称えるのも頷ける。私もその一人だ。だが、本当に身籠っていたのか!?)



 冷静に考えて、身重の女性が戦場で縦横無尽に駆け回り、敵地深くで戦い続けるなど、そんなことができるのか、という疑問に行き付くのは当然の帰結であった。


 ヒサコの才覚は凄まじい。その点はあの戦いぶりを見た者なら、誰もがそう思う。


 しかし、腹の中の子供の件は別だ。


 一見、別件と思しき点と点であるが、考えてみれば、それを繋ぐ線も見えてくる。



(そう。都合の良すぎるヒサコ殿の男児の出産、暗殺された宰相閣下、暗殺の下手人を匿う公爵。そして、ヒサコ殿はシガラ公爵家の一員。そう、この一連の流れは、『六星派シクスス』の陰謀に見せかけた、シガラ公爵家による簒奪劇ではないか!?)



 少なくとも、これまでの事象から、コルネスはそう判断した。


 事態があまりにも、シガラ公爵家にとって都合の良すぎる展開ばかりであるからだ。


 ヒーサの余裕の表れも、王位簒奪の計画が予定通り推移しているからではないか、という疑念があった。


 しかし、そう考えると、別の疑念も浮かび上がる事となった。



(しかし、こうして詰問しに来ているというのに、随分と神妙な様子だ。普通、謀反だ、反乱だという事態になったら、抵抗するのではないか? あるいは、私を人質にするとか……。にも拘らず、落ち着いている。と言うか、いちいちバラさなくていい簒奪まで示唆した。つまり、これは“交渉”、あるいは“勧誘”ということか!)



 そうなると、色々とマズい事になるとコルネスは考えた。


 すでに退路は断たれているので、殺すなり、あるいは無理やり従わせることにはなるだろう。


 つまり、自分の運命はほぼ決したと判断して、あとは交渉の内容次第だ。



「公爵閣下、お聞きしても?」



「なんなりと」



「いったい何をお望みなのですか?」



「ん~? 含意の多い質問だな。まあ、取りあえずは、今回の騒動において、私自身の身の潔白を証明する事と、アスプリクの赦免だな」



「前者は証明できれば可能ですが、後者は絶対に不可能です」



 コルネスはきっぱりと言い切った。


 ヨハネスの予想を信じるならば、アスプリクは仕込まれた酒を掴まされ、それをジェイクに差し出してしまったのが暗殺事件の真相と言うことになる。


 その点では、情状酌量の余地はまだある。


 だが、そこで大人しく捕まって弁明を機会をふいにした上に、逃亡中に王都の一角で守備隊と戦闘状態に入り、十数名を周囲の建物ごと焼き払ってしまっている。


 これは決して軽い罪ではない。火炙りを命じられても、当然と言えば当然なのだ。



「無茶を通すと言うのは理解している。それゆえの“簒奪”だと言うのだ」



「法を恣意的に運用なさるおつもりか!?」



「特赦、というやつだよ。アスプリクをアーソに送り、皇帝と戦わせる。見事討ち取れば赦免、無様を晒せば改めて処刑台送り、という感じでな」



「懲罰部隊、というわけですか」



 懲罰部隊。それは何かしらの犯罪行為を犯した者達で編成された部隊であり、危険な任務を与えられる特殊な部隊の事だ。


 任務を達成すると、刑期の短縮や赦免が認められているので、牢屋でくすぶっているよりはマシと判断して、参加を願い出る者もいる。


 なお、それだけに危険な任務が割り振られ、大抵はろくな結果にならないことが多い。



「ジルゴ帝国との戦いにおいて、戦功を上げて、罪を帳消しにするというわけですか」



「そうだ。それ以外、アスプリクの赦免を叶える手段がなさそうなのでな」



「そうまでしてお助けしたいのですか? 国をひっくり返してでも」



「ああ、その通りだ」



「理由をお聞きしても?」



「単純な話だ。人間、誰しもそれぞれに“優先順位”というものが存在する。私にとって、アスプリクの身の安全というものは、その中の最上位に位置している。王権の簒奪など、その“ついで”程度の話だ」



 迷いのない堂々たる宣言であり、コルネスも思わず唸るほどだ。


 たった一人の少女を守るために、国すら掠め取ってやると宣言したのだ。狂人としか思えぬ大言壮語ではあるが、アスプリクには何よりも嬉しい言葉であった。


 愛する者から、世界に反逆してでも守り切ると言われ、しかも実際に具体的な行動に移っている最中である。これでドキドキするなと言うのが無理な話であった。


 顔はどうにか平静を装っているが、心臓が飛び出しそうなほどに脈が早鐘を打ち鳴らしていた。



(ああ、ヒーサ……、ヒーサ! 君は本当に最高だ!)



 幻術に騙されて汚されていようと、なんの構いなし。


 罪過の重荷に身もだえする矮躯を、支えてくれる存在。


 自分にとってヒーサはなくてはならない存在であると、アスプリクは改めて感じるのであった。

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