12-7 懐柔せよ! 甘いも苦いも織り交ぜて!(2)

 小休止のため用意した簡易の天幕の中、王都よりの使者としてコルネスが訪問していた。


 それを出迎えるヒーサ達シガラ公爵家の御一行だが、コルネスの緊張した態度からただ事でないのはもちろん察していた。


 事前にアスプリクからあれこれ聞かされており、王都での騒乱についていくつも耳に入れていたからだ。



「さて、コルネス殿、話はおおよそアスプリクから聞いた」



 出迎え時の笑顔とは違って、ヒーサはいつの間にか真顔になっていた。普段余裕の態度を崩さないだけに、それだけ事態が深刻極まりない事を示唆していた。


 なお、これは全部“芝居”であった。


 ヒーサは事前に揃う顔触れへ、演技をすると言い含めていた。


 仕草から答弁に至るまでおおよその流れは決まっており、そのすべてが“コルネスを騙す事”に集約されていた。


 それと気付かせず、コルネスからの譲歩を引き出し、必要とする条件を満たしておくためだ。



「宰相閣下の件は本当に残念であった。先触れとしてアスプリクを派遣したのだが、それがあのような事になろうとは思いも寄らなんだ。手落ちは派遣した私にある。如何様にでも処罰してくれ」



 ヒーサから発せられた言葉は、コルネスを驚かせた。


 非を認めて、処分を任せると言い切ったのだ。


 つまり、コルネスが欲する“穏便な解決”が道筋として見えてきた事を意味しており、思わず前のめりに引き受けかけるほどであった。


 だが、ここで食いつかずに、まずは状況把握が先だとコルネスは慎重な姿勢を崩さなかった。



「……公爵閣下は、宰相閣下を暗殺するよう妹君を教唆してはいない。だが、事件については責を負う覚悟がある。という認識でよろしいか?」



「ああ、その認識で構わない」



 不気味過ぎるほどに神妙で大人しく、求めていた答えが口から飛び出したとはいえ、コルネスは素直に喜べないでいた。


 あまりにも、自分にとって都合がよく、楽過ぎるからだ。



(それに、周囲が落ち着き過ぎている。特に、サーム殿だ。この御仁なら、必ず主君を庇おうとする姿勢を見せるはず。それがない。どういうことだ!?)



 サームをよく知っているだけに、その動きの無さに不自然さを覚え、コルネスとしてはさらに慎重な見極めを要求された。



「ちょっと待ってくれ、ヒーサ! ジェイク兄の件は、完全に僕の失策だ。油断して、妙な酒を掴まされ、それを贈り物として差し出したのが原因なんだ。裁かれるなら、僕一人で十分だ!」



 今度はアスプリクが喋り始めた。


 その言い分ももっともなのだが、ヒーサはそれを制した。



「そう言うわけにはいかん。食客を使いに出し、出先で問題が発生したのだ。主人がはいさようならと言うわけにはいくまい。まして、こんないたいけな少女を見捨てるような事があれば、私は甲斐性なしと後ろ指を指される事となる。そんなのは真っ平御免だ」



「でも、それじゃあ、シガラ公爵家はどうなるんだい!? 宰相殺しの罪は、決して軽くはないよ。僕は重罪人として厳罰を科せられるだろうし、ヒーサだって連座で処罰されるよ!?」



「甲斐性なしと言われるよりはマシだな」



「無茶苦茶だよ、そんなの!」



 ヒーサとアスプリクがああだこうだと言葉を交わしているが、そこにコルネスは強烈な違和感を感じた。



(まるで、公爵は処罰されたがっているように感じる。そんなこと有り得るのか!?)



 普通、裁判だの処罰だのは、誰だって回避したいはずである。


 今回の件にしても、アスプリクは現行犯であるため、その罪を逃れることは困難であるが、ヒーサの方はそうではない。


 極端な話、アスプリクを切り捨てれば、逃れる術はいくらでもあるのだ。



(まあ、名声に傷はつくだろうが、妹君を教唆したのでないと言い切っている以上、事件への関与はほぼないだろう。法王聖下の予想通りであれば、これは『六星派シクスス』の陰謀であり、妹君はそれにハメられたということ。つまり、公爵の罪をあえて挙げるのだとすれば、せいぜい妹君を派遣した事や宿舎を宛がったくらいだろう。だというのに、裁かれたがっているように感じるのはなんだ?)



 逃げようと思えば逃げれるのに、敢えて逃げない。自ら死地に飛び込むような感覚に、コルネスは困惑する一方であった。



「公爵位は、退かないといけないことになるかもな」



「ヒーサ、僅か十八歳でご隠居になる気かい!?」



「私は元々、医者になる予定だったからな。ちょいと回り道をしたが、ある意味で本道に立ち返るだけだよ。おかしくはあるまい?」



「じゃあ、シガラ公爵家はこれからどうするのさ!?」



「ヒサコが継ぐ。それが順当だろ?」



 そこでコルネスが気付いた。


 死地に飛び込む感覚、それはかつてヒサコの下で戦ったそれと、酷似ている事にである。



(そうだ、あの時もそうだった。訳の分からぬままに何倍もの敵目がけて突っ込み、気が付けば勝っていた。この戦い方は、まるでヒサコ殿のやり方だ! いや、むしろ、こっちがその出所か!?)



 ヒサコは年若い乙女であり、武芸や兵学に通じているとは誰も考えないほどだ。見た目の通りならば、ただの貴族のお嬢様なのだ。


 それが悪辣とも、狡猾とも呼べる策を駆使し、敵を屠り続けた。


 死地に飛び込んでいたはずが、いつの間にか敵兵の狩場に変わっていたのだ。


 手柄を立て放題。あれほど爽快な気分を味わったことなど、それまでの人生でなかった。


 それだけに怖い。その“狩場”に自分が踏み込んでしまったのではないか、と。


 ヒサコの悪辣な策の数々を見てきただけに、それへの警戒心が強く出た。



「公爵閣下、ヒサコ殿に公爵位を継がせる気で!?」



「まあ、これから赴く裁きの結果次第ではあるがな。どのみち、私が退けば、妹以外の身内がいない以上、そうなるだろう。私はただのお人好しだが、妹は容赦ない性格をしているからな。“息子”のために、どんなことでもやるだろうよ」



「…………! まさか、ヒサコ殿のために、敢えての隠居をなさると!?」



「ああ。ヒサコの腕の中にいる息子を利用すれば、あるいは王国を乗っ取れるやもしれんからな」



 あまりにあっさりと吐き出された言葉に、コルネスは最初、意味を理解しかねた。


 だが、頭が解れていき、思考力が冴え始めると、その意味の大きさに気付き、目を丸くして驚いた。



「王国を、乗っ取るですと!?」



 それはあまりにも大事であり、今回の騒動を根底から覆すほどの大爆弾になることは、疑いようもないことであった。

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