11-37 偽情報! 黒衣の司祭は吹聴する!(前編)

(さて、負傷した兵士を装いつつ、偽情報を拡散させようとしているわけなのだが、どうにも私は運気が微妙なようだな)



 アスプリクが吹き飛ばした区画から運び出されたカシンであったが、その運び込まれた先がよりにもよって宰相ジェイクの邸宅であり、そこにはどういうことか法王ヨハネスが逗留していた。



(まずいな。ヨハネスは【真実の耳】が使える。下手な嘘は付けんか……。いや、奴からろくな魔力を感じない。術式は使っていないようだな)



 それならばやり様はいくらでもあると考え直し、カシンは負傷した兵士のフリを続けることにした。


 なお、ヨハネスはジェイクの蘇生に魔力の大半を消費しきっていたため、今はろくに術式が使えない状態になっていた。


 運気がないとカシンはぼやいたが、実のところかなりの幸運に巡り合わせていた。なにしろ、ヨハネスの魔力は枯渇し、【真実の耳】が使えない上に、最上位の存在に偽情報を直接吹き込む好機を得たからだ。



「コルネス将軍! 現場は酷い有様でしたが、どうにか生存者を確保いたしました!」



「そうか。他部署に先んじて確保できたのは、まずよしとしよう」



 コルネスとしては、ロドリゲス等の政敵に情報収集において、先んじれたことにまず満足した。


 無論、余計な事を吹き込む気満々のカシンからすれば、見事に貧乏くじを引いたなと嘲笑うだけであったが、傷を負いながらもどうにか平伏している姿勢を続けた。



「あ~、巡察隊の者よ、状況を説明してくれ」



「ハッ! 私が所属する隊が裏路地にて、偶然捜索中の二名、アスプリク様と連れの女エルフを発見。何やらコソコソと話し込んでいたのを耳にし、少し盗み聞きをしてから確保へと動きましたが、残念ながら返り討ちにあいました。部隊は壊滅、隊長以下、私を除く全員が黒焦げにされてしまいました」



 状況としては正しいのだが、当然ながらその前の自分とのやり取りはバッサリと切り捨てた上で、カシンはスラスラと話していった。


 その話を聞く周囲の顔触れは、表情を曇らせていくのが手に取るように分かり、それが痛快であったため、笑いを堪えるのに気を使うほどだ。



「やはり、あの爆炎の下手人は妹君であったか……。聖下、これは非常に“マズい”のでは?」



「マズいどころの話ではない。王都においての放火と殺人だ。取り繕い様がない」



 コルネスもヨハネスもどうしようもない状況に陥った事を改めて確認したため、無念の表情を浮かべていた。



「それと、巡察の途中で耳にしたのですが、宰相閣下の殺害の件がアスプリク様の手によるものだと吹聴している者がおりまして、そちらも事情聴取しようとしましたところ、逃げられてしまいました。まあ、その際に裏路地に飛び込み、偶然にも被疑者二名を発見したわけなのですが」



「ええい、やはり箝口令を破ったバカがいたか!」



「はい。で、その者がこちらの印章を落としていきました」



 そう言ってカシンは、懐からいかにも破り棄てられたと言った感じの服の断片を取り出した。


 そこには猪を基調とした意匠デザインが施されており、それを見るなりヨハネスもコルネスも目を丸くして驚いた。



「そ、それはセティ公爵家の家紋! 情報拡散はそっちの連中か!」



 ヨハネスはその点が頭から抜け落ちていたため、つい叫んでしまった。


 報告では“聖職者”っぽい連中が吹聴していたと受けていたため、そこに思い至れなかったのだ。



(まあ、本当は“私”の手の者がばら撒いたのだがな)



 カシンも今回は情報戦になると考え、その準備に余念なく整えてきた。


 ヒサコとの会戦に破れた後、カシンは作戦を大きく転換した。正面切って戦うなどらしくないと考え直し、裏から王国を崩す作戦に切り替えた。


 時間がかかると皇帝には渋られたが、そこは“事情”を丁寧に説明し、渋々ながら了承させた。


 そして、王都に潜入し、特に幻術を用いて方々に潜入。情報収集にあたった。


 その際に色々と“仕込み”もしており、それが今回一気に噴き出したのだ。



「どういうことだ!? 当主ブルザーは確かに祭りで王都に来てはいるが、あそこにはまだ情報を伝えていなかったはずだぞ!?」



「もしや、ロドリゲス殿が伝えたのでは!? あの二人はヒーサ殿に煮え湯を飲まされた者同士。こちらがそうであったように、枢機卿と公爵が手を結ぶことも有り得ます」



「ええい、何と面倒な事をしてくれる!」



 ヨハネスは苛立ちを拳に込め、机に振り下ろした。


 それほどまでに状況はマズい方向に動いているのを自覚すればこそだ。



(そう、これは鏡に映したようなものだ。かつて自分達がそうしたように、相手もそうするのだろうとついつい考えてしまう。まあ実際、こちら側ほど踏み込んだ関係ではないが、ロドリゲスとブルザーはそれなりの関係で繋がっているからな)



 これも情報収集の際に仕入れた情報であり、存分に活用させてもらうつもりでいた。


 なにより、宰相ジェイク公爵ヒーサが手を組んで、新法王ヨハネスを強烈に後押しした実例があるため、想像がそちらに傾くのも無理からぬことであった。


 自分達が裏で繋がっていたがために、相手もまた裏でガッチリつながっていると誤認してしまった。

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