11-36 放火! 白無垢の少女は王都を焼く!

 “放火”の現場に駆け付けた兵士らは、駆けつけたはいいものの尻込みしていた


 互いにやり合いたくはないが、やらないという選択肢もなかった。


 兵士達からすれば上からの厳命であり、“重罪人”は捕縛せねばならなかった。


 ただし、相手は最強の術士と名高い火の大神官だ。やれるかどうかという不安が、兵士達の頭の中を支配していた。


 一方のアスプリクは手負いの叔母を連れて逃げ出さねばならなかったが、そのためには目の前の兵士らをどうにかする必要があった。


 両者共に“逃げ出したい”思いが強かったが、そんな中でも責任感があるのか、隊長格が動いた。



「お、怖気づくな! 相手は宰相殺しの重罪人だ! 取り逃がしてはならん! 連れは殺しても構わんから、白い鬼子を捕まえるのだ!」



「殺す、だと……?」



 それはアスプリクにとっての禁句であった。


 アスプリクにとって何事にも代えがたい存在は、想い人ヒーサ家族アスティコスの二人だ。


 その片方を、目の前の男が“殺す”と言い放ったのである。


 それは決して許されざることであり、無意識に炎を繰り出していた。


 カシンとのやり取りで動揺し、今またアスティコスの負傷によって、アスプリクからは冷静さが完全に損なわれていた。


 手を掲げ、隊長格の男の顔に向けると、炎が噴き出した。



「ぎゃぁぁあ!」



 炎に包まれ、転げ回る男は絶叫しながら焼き尽くされた。


 隊長が無残な姿に成り果てたのを見て、周囲の兵士も狼狽し、中には逃げ出す者まで現れた。


 だが、アスプリクはもう容赦しなかった。



「僕の“家族”に手を出すな!」



 何よりも大切な家族を傷物にされ、あまつさえ殺すとまで言われたのだ。


 もう止まらない。止められない。


 周囲一面、アスプリクの激情がそのまま具現化したかのように、取り囲む兵士全員が炎に包まれた。


 そしてそれは、アスプリクにとって、生まれて初めての“殺人”となった。


 白無垢の少女は、周囲の大人から煙たがられ、文字通りの意味で手を焼く存在であった。


 だが、それはあくまで膨大な魔力に対しての暴走であり、ちゃんと制御できるようになってからは誰かを焼くなどと言う事はなかった。


 たまに脅しのために火を付けたりすることはあったが、それはあくまでおふざけの範疇だ。


 それが今夜、明確な殺意の下に、初めて人を焼き、そして、殺した。


 燃え落ちる家屋と、黒焦げになった兵士達の死体。夢でも幻でもなく、現実の光景だ。


 ジェイクを殺したときのような、罠にハメられての殺人ではない。自らの意志を以て、邪魔者を排除したのだ。



「さあ、叔母上、邪魔者は片付いた。早く行こうか」



 アスプリクは負傷して意識が薄らいでいるアスティコスを担ぎ上げると、そのまま【飛行フライ】の術を発動して飛び去った。


 後には何軒もの燃え落ちた建物と、無残な焼死体が残された。


 ところが、その内の一つ、黒焦げの焼死体がむくりと起き上がった。全身がくまなく炎をで焼かれており、どこをどう見ても炭の塊にしか見えないそれが起き上がった。



「やれやれ、相変わらずのとんでもない火力だな。まともにやり合うのは骨が折れる」



 焼死体がパンと手を叩くと、全身を覆っていた炭が消えてなくなり、そこに現れたのはカシンであった。



「甘いな、大神官よ。姿が見えなくなったからと言って、逃げたとは限らんのだぞ」



 そう言うと、カシンは持っていた“弓”を地面に捨てた。


 実のところ、カシンは逃げた風を装い、近くの物陰に潜んでいたのだ。【飛行フライ】を使って逃げるのを予想し、あらかじめ弓を用意してその時を待った。


 狭い裏路地では左右への回避ができず、上空に浮かび上がるまでは一直線に上昇しなくてはならず、それほど達者とは言えない腕前でも、垂直方向にしか飛ばないのであれば、偏差射撃くらい容易であった。


 結果、アスティコスは手負いとなり、呼び寄せた兵士らに殺されかかって、それに激怒したアスプリクは反撃。今見えている惨状を生み出した。



「ハハッ、アスプリクよ、君が望む望まざるにかかわらず、周囲からは魔道に堕ちたと思われるであろうよ。君が愛することを知ったのは、却って好都合! 愛と怒りは裏表。愛するがゆえに、怒りと共に人は復讐を企図するものだ。さあ、愛する者を失う悲しみを以て、魔王へと至る道を進むがいい!」



 カシンは飛び去る二人の姿を見続け、そして高笑いと共に立ち去っていった。


 アスプリクが呼びだした炎は、彼女自身の名誉と逃げ道をも焼き尽くし、後に残るのは大逆の汚名と黒焦げの死体だけとなった。


 そんな行くあてを失った白無垢の少女は、それでも負傷する叔母を抱えて朝日が見え始めた払暁の空をどこへ向かうともなく飛んでいった。


 だが、カシンの工作はまだ終わらない。今度は自らに幻術をかけ、少しだけ火傷を負った兵士に化けてしまった。



「さてっと」



 カシンは焼け焦げた崩れた壁にもたれかかり、少しの間そのまま過ごした。


 程なくして、別の部隊がやって来た。



「こりゃひでえな。みんな丸焦げじゃないか。生きてる者はいるか!?」



 部隊の隊長と思しき者が声を張り上げると、兵士に化けたカシンは手負いの風を装い、ヨロヨロと手を挙げた。



「おお、生存者がいたか!」



 黒焦げの現場であったがゆえに期待をしていなかったが、よもやの生存者に隊長は喜び、急いでカシンに駆け寄った。



「大丈夫か!? しっかりしろ!」



「じ、巡察隊の者です。白の鬼子を見つけ、捕縛しようとしたのですが、返り討ちにあいました」



「む……、やはりアスプリク様の仕業か。おい、ここで見た事、上に報告できるか?」



「はい、直ちにお知らせしたく思います。肩を貸していただけますか?」



「おお、そうだな。よし、急いで戻るぞ!」



 隊長は部下に命じ、カシンに肩を貸してゆっくりと起き上がらせた。



(さて、これで上役のところへ案内されるだろうが、どこへ案内されるかな。できれば、噂を拡散させやすいロドリゲスあたりに案内されると助かるのだがな)



 もちろん、誰の所へ運ばれようともいいように、口上は色々と考えてあった。


 アスプリクが逃亡した以上、すでに捜査はできなくなっているため、ある事ない事吹き込もうと、それを確かめる術はない。


 問題があるとすれば、【真実の耳】を使われる事だが、それとて使われてる前提で会話すれば、避けることも可能であった。


 まだまだ混乱させてやるぞと意気込みつつ、怪我人として運び出されるカシンであった。

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