11-38 偽情報! 黒衣の司祭は吹聴する!(後編)

 無数の情報が錯綜している上に、魔力が枯渇した法王ヨハネスは【真実の耳】を使う事が出来ない。


 兵士に扮する黒衣の司祭カシン=コジとしては、まさに偽情報を吹聴し放題であった。



「それと例の二人ですが、盗み聞きのためそこまで会話を拾えなかったのですが、『ヒーサに急いで合流しないと』などと申しておりました。飛んで逃げた方向もシガラ公爵領のある南の方ですし、あるいは合流を図っているのではないかと」



 ここでダメ押しとばかりに、カシンは追加の情報を二人に与えた。


 ヒーサとアスプリクの仲が親密なのは良く知っており、二人の関係性をきっちり強調しておくためだ。


 そもそも、アスプリクはヒーサが王都へ訪問する前に、聖山と宰相府への先触れとして、親善大使名目でやって来たのである。


 両者が何らかの意図を以て共闘し、良からぬことを企てている。それを頭の隅にでも入れておければ上々であった。



「聖下、やはり宰相閣下の暗殺は、シガラ公爵の陰謀では!?」



「だが、ここで共闘を崩す意味がない。今はヒサコ殿の奮戦で帝国とは小康状態にあるとはいえ、いつ戦争が再開されるのか分からないのだぞ? あの切れ者が、それを理解できぬとは思えん」



「ですが、現に宰相閣下は妹君の手で殺され、その妹君がヒーサ殿の下へ合流しようとしています。贈呈品の酒も、公爵が持ち込んだ可能性があります。状況的に固まった、と見ても良いのでは?」



「だから、動機が無いと言っている。宰相閣下を今この段階で暗殺し、何をどう利益を得るというのだ? バカバカしい!」



 二人の激しいやり取りを見て、こちらの陣営は終わったな、とカシンは確信した。


 そもそも、ジェイク、ヨハネス、ヒーサが微妙な均衡を保って維持していた。


 三頭政治は一角が崩れれば、呆気なく瓦解するものである。それがまんまと暗殺の一手で表面化したようなものだ。



「と、とにかくだ! 今後は箝口令を徹底させつつ、情報拡散を阻止する事! 王宮には私が直に乗り込んで、状況の鎮静化を図る。コルネス殿は申し訳ないが、ヒーサ殿の“出迎え”をお願いしたい」



「それは了解しましたが、最悪の場合、戦闘になる可能性もありますが、そうなった場合は?」



「止むを得まい。その場合は強引にでも捕らえて、身柄を王都に移送しろ。ライタンも同行しているはずであるから、そちらの確保も忘れてはならんぞ」



「承知しました。ですが、正直なところ、勝てる気がしません」



 コルネスは不安を隠せないでいた。


 長らくヒサコの下で帝国軍と戦っていたのだが、その采配や知略の冴えはコルネスの常識を遥かに超えており、若い女性と言うことすら問題にならず、敬服すら抱いていた。


 そのヒサコが度々べた褒めしていたのが、兄であるヒーサであった。



「お兄様の見識の深さたるや、私の及ぶところではありません」



 この台詞を何度も耳にしているコルネスとしては、例え数の優勢を以て戦うことになっても、はたして勝てるのかどうかと不安に駆られていた。


 なお、二人は中身が同じであり、事情を知る者からすれば単なる自画自賛でしかなかった。


 ヒーサの実態を大きく見せ、一種の名声稼ぎをやっていたのだが、それがまんまとコルネスは引っかかっていたのだ。



「大人しく投降してくれればよいのですが」



「身の潔白を証明するのであれば、兵を下げる可能性はある。問題は全力で抵抗するなり、あるいは王都を強襲するなりした場合だな」



「そうならないことを願うばかりです」



 二人はぼやきながらそれぞれの向かうべき場所に移動を開始した。ヨハネスは情報の拡散阻止と人心の安定化のために王宮へ、コルネスは兵を率いてヒーサを捕えるべく駐屯地へと駆けて行った。



(これでよし。疑心の種は蒔いた。あとは、ヒーサを快く思っていない連中が、せっせと種に水と肥料を入れてくるだろう。どれほどの大輪の花が咲くか、楽しみでならんな。そう、“内乱”という花をな)



 すでにアスプリクの退路は塞いだ。


 宰相殺しは罠にハメられたため、まだ情状酌量の余地はあった。現にヨハネスはその可能性に気付き、穏便な解決を図ろうとした。


 しかし、王都内部での放火、殺人は拭えぬ汚点であり、この凶行によって宰相殺しの案件の擁護もできなくなったと言ってもよい。


 つまり、アスプリクは“詰み”なのだ。



(ククク……。さあ、この状況に対して、かの悪辣な英雄殿はどう対処するかな? アスプリクが放った炎は、どこまでも延焼していくぞ。助けようとすれば、自らがその炎で焼かれる事となる。逆に切り捨てた場合は、“見捨てられた”とアスプリクが沈む。そう、ヒーサへの思いが強ければ強い程、捨てられた時の落差が激しくなる。魔王に堕とす為の心の闇が色濃く帳を降ろす。内乱か、あるいは魔王の覚醒か、どちらにせよ、こちらの思惑通り!)



 カシンは自身の用意した策がようやく実ったと、実感するに至った。


 すでにヒーサはシガラから、ヒサコはアーソから、それぞれ王都に向かっているのだが、ジェイク暗殺から始まる王都での謀略劇は、まだ知るところではなかった。

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