11-26 押し問答! 拡散する情報とそれぞれの思惑!(後編)

 宰相邸で何かが起こった事は、ゼクトはおおよそ察した。


 コルネスの焦りを見れば、それは一目瞭然であった。



(と言っても、その証拠は何もない。あくまで私の想像だ。だが、今目の前の異様な雰囲気の将軍の態度、その説明は付く。ここは慎重に、それでいて強く当たらねばならんな)



 海千山千の貴族相手に、数々の折衝をこなしてきたゼクトである。ここでこそ自分が奮起せねばと、その心に炎を燃え上がらせた。



「コルネス将軍、宰相閣下になにか重大な事でもございましたか?」



「き、機密事項だ! 今はまだ公表はできん。とにかく、妹君の身柄を探しているのだ!」



 ここでゼクトの想像が、悪い方向にまた一つ固まった。


 吐き出された機密事項と言う文言と、行方不明のアスプリク。ジェイクの死と、その実行犯であるアスプリク、という図式がいよいよ現実味を帯びてきたのだ。



(そうなると、こちらに疑惑を向けるのは当然か!)



 何しろ、アスプリクが寝泊まりしていたのが、この公爵家の上屋敷であり、ここで何かあったり吹き込まれたと考えるのは自然だ。


 おまけに、怪しい酒はここに持ち込まれ、そして、アスプリクの手でジェイクの下へ運ばれたのだ。


 これで嫌疑をかけるなと言う方が無理であった。


 ここで、ゼクトは受け身から攻めの姿勢に切り替えた。



「事情はおおよそ“察しました”が、色々と解せませんな。閣下の身に降りかかった重大事に、当家が関わっていると言いたげですが、それに相違ございませんか?」



「そういうわけではないが、とにかく妹君の行方を追っているのだ。この屋敷で匿っていたりはしないだろうな?」



「それはございません。そもそも、あのお姿は目立ち過ぎます。匿ったところで、バレバレではございませんか?」



 実際、アスプリクの容姿は悪目立ちするし、おまけに連れのアスティコスは森妖精エルフだ。この組み合わせは、人間の国であるカンバー王国では注意を引き過ぎる。


 来訪しただけで、まず分かってしまうのだ。



「もし、お疑いならば家探しなさいますか? 丁度人手はおられるようですし、こちらは一向に構いませんぞ。ただし、ここがシガラ公爵家の屋敷である事をお忘れなく。これで何も出てきませんでしたでは、色々と面倒なことになりますが、それでよければいくらでもお探しくださいませ」



 ゼクトも強気の姿勢だ。アスプリクは出掛けたきりであるため、この屋敷にはいない。匿っていない以上、仮に家探しされても空振りに終わるだけだ。


 そうなると、立場が悪くなるのはコルネスの方であった。


 公爵の屋敷に踏み入り、何の成果も揚げずに引き上げたとなれば、これは重大な名誉棄損であり、問題に発展しかねないのだ。



(まあ、こちらとしては我が主君の存在を消すための、煙幕にはなるかな)



 もし、昨夜のヒーサとアスプリクの“寝物語”の中で、何かを吹き込んだのであればそちらこそ問題であるが、さすがにそれは調べようがない。


 それこそ、当事者に聞かねばならないことであり、二人の身柄確保が最優先と言えた。


 だが、今この屋敷にはどちらも不在である。コルネスが成果を上げることは不可能であり、それゆえに強気の姿勢を貫けるのであった。


 そうした絶対的な自信が見えているせいか、詰問するはずのコルネスの方が焦っていた。


 踏み込んで何か出ればいいが、そこでしくじれば決定的な溝を生みかねない。自分一人で判断するには、あまりにも越権行為に過ぎた。



「……分かった。こちらとしても、現段階では事を荒立てるつもりはない。しかし、妹君の行方を捜していることだけは、しかと伝えておくぞ。見つけ次第、こちらに身柄を送ってくれ」



 コルネスも積み上がっている状況と、それを裏付ける証拠が不足していることを認識し、引き下がらざるを得なかった。


 状況から見て、シガラ公爵が関わっていることはほぼ間違いなさそうであった。だが、明確にそれを示す証拠が何もない。


 アスプリクがシガラ公爵の屋敷を使っていた、持ち込まれた毒酒の銘柄がシガラ公爵領で生産されていた『フクロウ』だった、という二点のみだ。


 これでは家探しするのに、証拠が不足していると言わざるを得なかった。空振り後の報復が、あまりに怖過ぎたからだ。


 そうなると、アスプリクの身柄確保にこそ動くべきだ、というのがコルネスの結論だった。


 コルネスとその部下達は屋敷の前から撤収し、ゼクトとしてもひとまずは安心できた。



(だが、これはあまりにマズいぞ。もし、宰相閣下が本当に暗殺されていて、それにヒーサ様が関わっていたとなると、荒れるどころの騒ぎではない!)



 家の存続に関わるほどの重大案件であり、ゼクトの頭の中では警鐘が鳴り響いていた。


 当然、優先すべきはアスプリクの確保であった。



「ただちに人手を割いて、王都の全域を捜索しろ。アスプリク様の身柄、宰相府の連中よりも先に確保するのだ!」



 ゼクトとしてはこう命ずるよりなかった。とにかく、アスプリクから直接話を聞かねば事態が把握できないし、誤魔化すのか、もみ消すのか、協力するのか、その指針が定まらないのだ。


 いきなり現れて、これまたいきなり消えたヒーサの行方も気掛かりではあるが、これは放置しておくことにした。


 主君を捕縛するなど、端から考えていなかったからだ。



「ですが、ゼクト様、王都はあまりに広すぎます! そこまでの人手は」



「容姿が目立ち過ぎるから、人通りの少ない裏通りに潜んでいるはずだ。そこを重点的に探せ。それと、捜索要員には、必ず公爵家の家紋を付けるようにしておけ。そうすれば、向こうから声をかけてくる可能性が上がる。とにかく、密かに屋敷にお連れするのだ」



 一度探しに来た後であるし、再度の訪問には間が空くはずだとゼクトは判断した。


 そうなれば、アスプリクを確保し、状況把握までに時間を稼げる。今後の方針はそれからだ。


 こうして祭りの喧騒とも無縁であった公爵家の邸宅も、嵐の中心点として慌ただしく動き出した。


 ジェイク暗殺事件は、徐々にだがもたらす影響を強めていき、誰も彼もが真相を求めて走り回るのであった。

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