11-25 押し問答! 拡散する情報とそれぞれの思惑!(前編)

 王都にあるシガラ公爵の上屋敷は、貴族の邸宅の中では特に豪華かつ広大な造りになっていた。


 屋敷の構えは、言ってしまえばその貴族の顔でもある。王都に存在するのであるから、他の貴族を招く場合も多く、貴族によっては自領の城館よりも立派に造る者までいるくらいだ。


 外交の舞台にもなり得るからこその見栄であり、あるいは商売道具とも言えた。


 そして、シガラ公爵の上屋敷は、絢爛豪華と呼ぶに相応しい造りであった。


 屋敷全体が白大理石を基調として作られ、昼でも夜でも眩く輝いていた。精密な人物像や神像の彫刻があり、また庭木の手入れも行き届いていて、来訪者の目を楽しませた。


 外観だけでなく、内装も相当に凝っており、数々の調度品や精巧な家具が並んでおり、“財”の公爵と謡われるシガラ公爵一門の繁栄ぶりが伺い知れると言うものであった。


 そんな大邸宅が、にわかに慌ただしくなってきた。


 何の前触れもなく、完全武装の兵士十数名が門前に押しかけてきたのだ。



「先触れのない突然の来訪、申し訳なく思うが、すぐに屋敷の責任者を呼んで来ていただこう!」



 有無を言わさぬ強い口調、おまけに下馬もせずに馬上からの威圧に、門番もさすがにたじろいだ。公爵の屋敷に踏み入ろうなど、まず普段なら考えられる所業ではないからだ。


 余程の緊急事態なのだと言う事はすぐに察し、一人中へと駆け込んでいった。


 程なくして、屋敷の中から責任者と思しき一人の男がやって来た。


 管理責任者のゼクトだ。



「当屋敷をシガラ公爵の邸宅と知ってのことでありましょうな!?」



 突然の招かれざる客に、ゼクトも不機嫌そのものであった。馬上の男を睨み付け、一歩も引かぬ構えでこれに応待する気でいた。


 だが、馬上の隊長格の男に見覚えがあり、驚いた。



「こ、コルネス将軍!? なぜこのようなところに……?」



 相手は宰相ジェイクの腹心の部下であり、顔はよく覚えていた。


 貴族の上屋敷とは外交の場でもあり、主人不在の際は管理責任者が他家の貴族と折衝に当たる事も珍しくないため、色々と権限が付与されているのが通例であった。


 そのため、ゼクトもまた普段は屋敷の管理責任者であるものの、時に外交官として振る舞う場合もあり、コルネスの顔を覚えていたのだ。


 将軍が先触れもなく現れる、これだけでも異常事態である事は明白であった。



「ええっと、ゼクト殿、だったか? 宰相閣下の妹君の行方を捜している。ここにはおらぬか?」



 コルネスもどうやらうる覚えではあるがゼクトの顔を覚えており、互いに面識があったために少し冷静さを取り戻した。


 だが、投げかけた質問があまりに意味不明であったために、ゼクトは目を丸くして驚いた。



「アスプリク様を、ですか? 確かに当屋敷には逗留してございましたが……」



 ゼクトは質問の意図を図りかね、答えに窮した。


 アスプリクがこの屋敷を使っていたことは事実である。ヒーサの依頼を受け、ヒサコからの書状もあり、聖山と宰相府への情報収集と関係強化のために動いていた。


 それはゼクトも知っていたが、それならばなぜここにコルネスが来たのかが分からなかった。


 今はジェイクの邸宅に出掛けており、ここにはいないからだ。



「アスプリク様は当屋敷にて、ご宿泊しておりました。我が主君よりの依頼を受け、法王聖下や宰相閣下との折衝に当たっており、先日は聖山を訪問し、今日は宰相閣下の邸宅に出掛けておりますが」



「……今日の詳しい足取りは?」



「今日、でございますか。今朝、御起床された後、宰相閣下と面会する予定を取り付けるため、使い番を宰相府に派遣され、予定が立った後は祭りの見物に出かけました。それから約束の時刻になる日没近くになってから一度この屋敷に戻り、我が主君より贈呈品として託されました『フクロウ』を抱えてお出かけになられました」



 ゼクトはスラスラと自分の知り得る限りの情報を、その口から吐き出した。


 アスプリクに関する情報は、特にやましい点はなかったため、素直に披露した格好だ。


 問題があるとすれば、それは“ヒーサ”が内密に屋敷に来ていたことだろう。



(この点はひとまず、伏せておいた方がいいな)



 このあたりの口の堅さは、貴族に仕える者として当然であった。


 愛人、愛妾の下に出掛けたり、あるいは別邸に招き入れたりするのは、貴族の間では特段珍しいことではない。もちろん、“正妻”との仲がこじれない様に、ちゃんと秘密が守られてこそではあるが。


 昨夜、ヒーサとアスプリクが“同衾”していたであろうことは、ゼクトを始め、ヒーサの秘密の来訪を知る者であれば察するところであった。


 そう、秘密にしているため、互いに何か言うでもなく、“なかった事”になっているのだ。



(まあ、ティース様が“死産”に終わってしまったため、寵が別の女性に逸れてしまった、と取れなくもない。さすがに相手が王女だというのが問題かもしれんがな)



 ヒーサとアスプリクの仲が親密であることは、シガラ公爵家に仕える者ならば、誰しもが知っている事ではあるが、よもや同衾する次元の恋仲にまで発展しているとは予想外であった。


 失礼な物言いではあるが、アスプリクは女性的な魅力が少ない。背丈も低く、肉感を一切感じない細身で、しかも半妖精ハーフエルフ白化個体アルビノという特異な容姿をしていた。


 見た目としては、絵画や彫刻などの芸術品としての、幻想的な見目麗しき姿なのであって、女として抱くかどうかと言うと首を傾げるのだ。


 ティースとは逆を行く少女であり、子供を産ませるというよりかは、本当に愛でているだけではなかろうか。と言うのが、ゼクトの考えだ。


 平静を装いつつ、色々と考えているゼクトに対して、コルネスもまた色々と思案をしているようで、ブツブツと呟いていた。



「こちらが掴んでいる情報と大差ない。行動に矛盾はないが……」



「何か……?」



「その贈呈品の酒、ずっとこの屋敷にあったのか?」



「最近、運び込まれた物でございます。アスプリク様が当屋敷に逗留なさるようになり、それから程なくして我が主君より届けられました。宰相閣下への手土産に、と」



 さすがにヒーサ本人から直接届けられたとは言えなかったが、矛盾が無いようには回答した。


 そして、この段階でゼクトは察した。



(妙にアスプリク様や、酒の件を調べている。もしや、何かあったのか!? 例えばそう、酒に毒が仕込まれていた、とか!?)



 想像するのも恐ろしい事ではあるが、目の前のコルネスの焦りを感じ取れば、ある意味で一番しっくり来る理由でもあった。


 アスプリクが毒酒を持ち込み、それをジェイクに飲ませる。前後の動きや、コルネスの突然の来訪など、そうとしか思えない状況が積み上がっていた。

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