11-15 訪問! 宰相の邸宅にお邪魔します!(1)

 兄ジェイクと会って、はっきりとわだかまりを解消しよう。そう決めたアスプリクは、直ちに行動を起こした。


 シガラ公爵家の上屋敷の管理者ゼクトに頼んで人を貸してもらい、宰相府へと使い番を走らせた。


 もちろん、面談の予約を取るためだ。いくら兄妹とは言え、相手は宰相であるし、しかもこの時期は多くの貴族が王都に集まるため、予定はぎっしり詰まっているはずだ。


 そう考えて、まずは先方の都合を聞いてから訪問しようとした。



「まあ、予約なしで会ってくれた、ヨハネスがいい人過ぎたのねよ~。本来なら、早々会えるような人達じゃないから」



「法王、宰相、だものね。まあ、それだけアスプリクの事を気にかけてくれているってことよ」



 アスティコスの優しい言葉はその通りだとアスプリクも思うが、同時に背後にうごめ黒い影ヒーサがチラついていることも自覚していた。



(そう、ヒーサが僕に王都や聖山の調査を依頼したのも、そこの最上位の二人との面談が一番組みやすいと判断したからだよね。そこにシガラの影をチラつかせれば、絶対に予定がぎっしり詰まっていようが、無理をしてでも会ってくれるという公算があればこそ)



 “人格者”として振る舞い、温厚で理知的な青年貴族を演じながらも、その中身は悪辣とさえ呼ぶに能うほどの知恵の持ち主であることを思い知らされた。


 だが、そんなあくどい一面を知っていたとしても、アスプリクはヒーサの事がたまらないほどに好きだという自覚もあった。


 恩人であり、“共犯者おともだち”であり、それ以上に生まれて初めて誰かを好きなるという感情を抱いた男性なのだ。


 性格の悪さすら、今のアスプリクにとっては色恋のエッセンスにさえ感じてしまうほど、もうヒーサの虜となっていた。


 とは言え、そんな色欲で頭の中を埋め尽くしては、これからの仕事に支障が出ると考え、今はそれを頭の隅へと追いやった。


 そうこう思考をグルグルさせているうちに、使い番が戻って来た。



「宰相閣下よりの返答です。『仕事が重なっているため、日没時辺りに自分の屋敷に来て欲しい』とのことです」



 これがジェイクからの返答であり、まあ妥当かなとアスプリクは納得した。


 以前までの自分なら、すぐに会ってくれない兄をなじったであろうが、今はそんな我がままを言うつもりはない。それは心の余裕の表れであり、同時にヒーサから受けた仕事を完遂しようという決意の固さでもあった。



「うん、了承したことを伝えてきてね。日が沈んでから屋敷に伺うって」



「ハッ!」



 使い番は礼をして再び宰相府へと駆けて行った。


 面談の予約も取れたし、ジェイクとは和解することも心に決めている。そう考えると、随分と肩の荷が下りた感じがして、アスプリクもついつい笑みがこぼれてしまった。



「よし! じゃあ、叔母上、まだ予定まで時間もあるし、祭りを見物しようか!」



「ええ、そうしましょうね」



 アスティコスも笑顔で返し、二人して祭りで賑わう王都の城下町に出掛けて行った。


 何もかもが順調だ。そう思えるからこそ、二人の足取りは妙に軽かった。


 だが、アスプリクはそんな“浮かれ”が頭を支配し、祭りの雰囲気にもあてられて、すっかり抜け落ちてしまっている点があった。


 それは自分が愛して止まない男がこの世で一番悪辣な存在であり、しかも、“簒奪”を仕掛けている真っ最中であるという事を。

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