11-14 目覚めの朝! 昨夜はお楽しみだった白無垢の少女!(後編)

 初めてではないが、それに等しい興奮と恥じらいがアスプリクに襲い掛かっていた。

 

 水でもたらせば湯気でも吹き出しそうなほどに紅潮し、行き場を失った感情の高鳴りは更なる唸り声をあげ、恥ずかしさのあまり寝台に飛び込んで枕に顔を埋めた。



「ふぉ~! 超えちゃった! ついに超えてはならない一線を飛び出しちゃった!」



「別に初めてってわけでもないでしょ?」



「無理やり相手させられるのと、自分から好きな人に身を捧げるのとじゃあ、全然意味が違うから!」



「まあ、それもそうか」



 などと言いつつ、ジタバタもがく姪の姿を眺めるアスティコスではあったが、実際のところよく理解していなかった。


 そもそも、半妖精ハーフエルフのアスプリクと違い、アスティコスは純然たる森妖精エルフであり、人間種ヒューマンの血が混じっていないため、“繁殖期”と言うものがある。


 年中盛っている人間とは、精神及び身体の構造が違っているのだ。


 しかも、年に一度来るかどうかと言う頻度のため、恋愛感情の高鳴りは非常に乏しく、目の前で嬉しさと恥ずかしさを順繰りさせている姪の姿が、ある意味で滑稽でならなかった。



「……それで、過ぎたことはヨシとしても、これからどうするのって話」



「これから?」



「人間だと、おめかけさんと言うんだっけ? それとも愛人だっけ? 貴族みたいな裕福な男だと、複数の女性と関係を持つのも珍しくはないんだし、そうなっちゃうのって事」



「そ、それはヒーサ次第かな……」



 改めて言葉にされるとやはり恥ずかしいのか、さらにジタバタもがくアスプリクであった。


 実際、ヒーサはすでに既婚者であるし、納まるとしたらばそういう立場になるだろうが、どうにも言い出しにくい感じがしてならなかった。



「ほ、ほら、一晩限りってこともあるからね! 昨夜だって煮え切らない僕を励ましに来てくれたんだし、きっとそうなんだよ、うん」



「それじゃダメでしょ? まあ、遊び半分や勢いでそういうことができるのが人間なんだし、私には理解しかねる事ではあるけどね。姉さんが本気だったからこそ、あなたが生まれたわけだけど、その点だけは未だに理解しかねる」



 国王と旅のエルフという異色の組み合わせの上に生まれたのが、アスプリクである。


 アスティコスにしてみれば、姉のアスペトラがどういう経緯で知り合い、子供まで作ったのかは分からないが、残された姪はしっかりとその行く末を見守るつもりでいた。


 ヒーサとの関係がそれに大きく関わる事は明白であるが、どの立ち位置が最適かまではさすがに判断しかねていた。



「好きなら好きだとはっきり言って、ちゃんと自分の居場所を確保しておきなさい。中途半端に終わらせて、心にわだかまりがあるのは良くないわ」



「そ、そりゃあ叔母上の言う事ももっともだけどさぁ……」



 アスプリクがいまいち煮え切らない原因は、やはりティースのことであった。


 ヒーサはティースと結婚しているし、ティースとはいい友人だと思っている。ヒーサ・ヒサコを除けば、最も信用できる者だと考えていた。


 なにしろ、自分の境遇に義憤を覚え、あろうことか枢機卿を公衆の面前でボコボコにしてしまうという行動に出たのだ。端から見れば暴挙も暴挙であるが、アスプリクにしてみれば、身を挺して擁護してくれた大恩人でもある。


 ここまでしてくれたのは、ヒーサを除けば、彼女しかいないのだ。


 仮にヒーサの愛妾に納まるというのであれば、ヒーサの妻であり自身の恩人でもあるティースの許可が必須だ。


 そうアスプリクは考えているため、ヒーサに抱き締めてもらえたことを喜びつつも、強烈な後ろめたさが存在した。



「まあ、結局のところ、成り行き任せで行くしかないんじゃないかな。感情なんて、誰にも制御できるもんでもないし、まして色恋沙汰なんてね」



「……色恋沙汰が一切ない叔母上に言われたくない」



「一言多い!」



 ペチッとアスプリクの頭を叩きつつ、可愛い姪をギュッと抱き締めた。


 これほどか細い体、小さな背丈の少女が、色々と業を背負い過ぎた。話を聞いている分だけでも、まさに地獄のような苦しみであったことは想像に難くない。


 ならば、これからそれを取り返して、愉快に暮らしていけるようにするのが自分の役目であると、アスティコスは自負していた。


 色恋がその手助けとなるのであれば、成就するよう背中を押してやることくらい訳ないのだ。



「まあ、難しく考える前に、今は仕事に集中しましょう。お兄さんとの仲直り、それが終わってからでも遅くはないわ」



「うん、そうだね」



 そうまで言われて、アスプリクは今しっかりと心に決めた。兄ジェイクとは仲直りをしよう、と。


 兄もかつての行いを悔いて詫びを入れてきているのだし、いつまでも駄々をこねるのは子供の我がままでしかないのだ。


 自分が未来を築こうという時に、変わろうとする兄を全面否定するようでは、ヒーサに失望されてしまう。そう考えたからこその結論だ。


 過去は変えられずとも、より良い未来は自分の手で作る。その第一歩としての、過去の清算だ。


 ヒーサとの関係はどうなるかはまだ未知の領域だが、少なくともヒーサを失望させるような女にはなりたくない。


 かくして、少女は大人の女性になるための気持ちの切り替えを始め、淑女たらんとする道を歩み始めるのであった。

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