11-13 目覚めの朝! 昨夜はお楽しみだった白無垢の少女!(前編)

 窓から日差しが差し込むと、その眩しさからアスプリクは目を覚ました。


 寝覚めはあまり良くない方なので、ゆっくりと意識をはっきりとさせ、体も徐々に動くようになると、ようやくにして昨晩の事を思い出した。


 昨夜はとても楽しかった。そして、嬉しかった。


 ヒーサがここへ来てくれて、わざわざ励ましに来てくれたのかと思えた。


 だが、今はその姿を見ることはない。寝る前にはその腕に抱かれ、肌の温もりをこれでもかと感じていたのに、現在はその姿を見ることはできない。


 まるで夢か幻かと思えるほどに頭がまだぼやけており、いつもの冴えはまだ寝ているかのようであった。



「ヒーサ……」



 ヒーサがいたはずの場所を手で撫で回し、乱れた臥布が更に波打った。


 もちろん、夢でも幻でもなく、ヒーサは間違いなくここにいた。手にも、顔にも、体のいたるところに温もりの名残を感じ、恥ずかしくも嬉しい記憶が脳裏に刻み込まれていた。


 こういうことは初めてではないが、それ以前の記憶は穢れと恥辱に満ちていた。聖職者にあるまじき歪んだ欲望のはけ口となり、散々に弄ばれて嬲られた。


 誰も助けてくれないし、いつ果てる事のない無間地獄にいるかのような日々だった。


 しかし、たった一人、そんな境遇の自分を拾い上げ、それどころか教団に真っ向から喧嘩を売り、助けてくれた人がいた。


 他でもない、ヒーサだ。


 昨夜はその恩人にとうとうこの身を差し出した。


 そうありたいと願いつつも、相手は既婚者であったから、多少のおふざけ程度の誘いで好意を示しつつ、結ばれぬ虚しさを誤魔化してきた。


 しかし、昨夜だけは別だ。面倒な仕事を任せたことへの激励か、随分と積極的に慰めてくれた。


 ダメだと分かっていても感情が止められず、ヒーサを求め、一線を越えてしまった。友人でもあるティースの事を思うと後ろめたさはあるが、ああまで迫られると想いを抑え込むことができなかった。


 悪夢でしかなかった男に抱かれるという行為も、想い人とならああまで温もりを感じれるものなのだと知り、求め、貪り、好意と呼んでいたものが欲情へと変わっていった。。


 ヒーサの指が、あるいは舌が、もしくは肌が、白無垢の体に触れていない箇所はない。じっくりたっぷり可愛がられ、貪られ、欲情の赴くままに愛撫された。


 しかし、それはアスプリクも同じことだ。ヒーサのたくましい体にしがみ付き、自信のない貧相な体付きなどお構いなしに差し出して、頭の頂から足の先まで隅々に至るところに、ぬくもりの残滓を刻み付けてもらった。


 それはとても気持ちよく、収まらぬ火照りとともに臥床の上を転げ回り、ついには果てた。


 安堵の内に眠りにつくと、朝日と共に消えてしまった。



「まあ、ヒーサも忙しいだろうからね~」



 色々と裏工作に駆けまわると言っていたので、さっさと起きて出かけてしまったのだろうとアスプリクは思ったが、それでも温もりを求めてしまう自分がいることを恥ずかしく思うのであった。


 結局、自分が助けられているばかりであり、昨夜も“おまじない”と称して元気を与えてくれたのだ。



(甘えてばかりじゃダメだ! 僕もしっかり働かないと)



 ヒーサの役に立ちたい。恩を返したい。そう思うと、急にやる気が出て来て、上体を起こした。


 ふと見回すと、机の上に昨夜は見なかった化粧箱が置かれていた。


 ヒーサが置いていったのだろうと考え、寝台から起き上がり、少々はしたないとは思いつつも、一糸まとわぬ姿でその箱の中身を確認した。


 箱に括り付けられていた飾りのリボンをほどき、蓋の封印を解いた。


 中身は葡萄酒ワインのボトルが入っていた。ラベルには、シガラ公爵領のシンボルであるフクロウが記されてあり、同名の名酒“フクロウ”であることを示していた。



「……ああ、そっか、宰相の邸宅に行くのに、手ぶらじゃさすがにまずいか」



 兄とは言え、ジェイクは一国の宰相である。その邸宅に訪問するのに、手土産一つもなしに来訪するのは、さすがに体面上よろしくないということなのだろう。


 相変わらずこういう気配りができるのは、さすがヒーサだと感心した。


 アスプリクは酒瓶を化粧箱の中に直し、リボンを再び括り付けた。


 アスプリクがニヤつきながら箱を眺めていると、誰かが扉を叩き、そこで意識が昨夜の余韻を吹き飛ばし、現実へと引き戻された。


 そして、途端に気付く。自分が真っ裸であることに。



「わわわ! ちょ、ちょっと待って! まだ裸!」



「まだ裸なの!? 早く服着なさい!」



 声から、扉の向こう側にいるのはアスティコスだと分かった。


 声に急かされるように、乱雑に放り投げられた下着と服を着て、叔母を室内に招き入れた。


 慌てた様子が乱れた息からアスティコスに伝わり、苦笑いを生じさせた。



「えっと、こういう時はこう言うんだっけ? 昨夜はお楽しみでしたね」



「はい……、お楽しみでした」



 現実に引き戻され、昨夜のことを思い出すと途端に恥ずかしくなり、モジモジしながら顔を赤くさせるアスプリクであった。

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