11-8 首尾は上々! 白無垢の少女は無事帰着!

 ヨハネスとの会談を終え、満足する言質を取れたアスプリクは上機嫌の内に王都へと戻った。


 外はすでに日が沈み、ひんやりとした心地よい風を受けながら、【飛行フライ】の術式で空を飛び、一直線に王都ウージェを目指した。


 眼下の街道は証明が照らされており、さながら不夜城の活況を呈していた。


 “星聖祭”の期間中は、聖山の夜間拝観も認められているため、昼間とは違った雰囲気を味わえるのも醍醐味であり、夜を選んで参拝する者も多い。


 それを見越して、王都と聖山を繋ぐ街道は夜には照明の松明や灯篭で照らされ、また城下町、街道などでも夜通し開けている店も多く、飲食にも困る事はない。


 山の上から見る風景もまた絶景で、眠らない七日間の内は王都と聖山が、輝く街道を通じて繋がっているようにも見えるため、それもまた夜の拝観の人気を呼んでいた。



「上機嫌ね、アスプリク」



 すぐ横を同じく飛んでいる叔母のアスティコスが話しかけてきた。



「そりゃもう。ヒーサに頼まれていた仕事の半分が、上首尾に終わったんだしね。余裕が出るってもんよ」



 かつては大神官として忙しく職務に勤しんでいたこともあり、のんびりと夜景を楽しむ事すらできなかったが、今は自由に飛び回れており、それを何より楽しんでいるのがアスプリク自身であった。


 新法王ヨハネスと好感触な会談を終えたこともあって、鼻歌でも口ずさみたくなるほどに上機嫌だ。



「それは良かったわね。次はお兄さんとの仲直り、か」



「……別に、仲直りするとは決めてないよ」



 やはりどこか兄ジェイクへの態度を決めかねているアスプリクであった。


 理性的な判断をするのであれば、ヒーサとジェイクの関係をより良いものにしておいた方がいいのは分かり切っていた。


 戦時下に置いては、国内有数の実力者同士が結束し、外敵に当たるのは当然と言えば当然なのだ。


 だが、その間を塞いでいる壁となっているのが、他でもない自分自身だと、アスプリクは自覚していた。



(ヒーサはジェイク兄から、僕との関係修復の仲立ちを依頼され、しかもその件を理由に謀反すらちらつかせた。まずは、妹に対してかつての出来事の謝罪が先だ、と。手順としては正しいし、それを理解すればこそ、ジェイク兄も譲歩の姿勢を見せている。結局は、僕のわがままで話が進んでないだけか)



 先程、聖山の様子を見て来て、あの腐臭漂う悪の巣窟も、換気が良くなって変わりつつあるのを実感できた。


 だが、根本で変わってないのは、よもや自分自身だけだと言うのも、改めて思い知らされた。



(確かに、僕は変わった。重苦しい法衣を脱ぎ捨て、今は一人の農夫、あるいは技術者として、のびのびと暮らせている。でも、性根の部分は変わっていない)



 結局、生活様式は変わっても、他者に対してどこか壁を作ってしまっている自分がいるのを、ここ最近特に思い知らされていた。


 かつての嫌な思いでしかない王都と聖山、久しぶりに訪問してみると、かつてに比べて住みやすくなりつつあるのを感じた。


 変わる必要がある、そう感じた者達が奮起し、頭の固い守旧派を排除することでそれを達成しつつあるのだ。



(でも、僕は変わらない。他者とはいつも一歩引いて付き合っている。形式的には握手を交わしても、心からの付き合いと言うものはできないでいる。ほんの少し、一歩でも前に勧めれば、簡単に片付く問題だと言うのに……)



 そうした自覚がありつつも、他者との付き合い方に思い悩む面があった。


 シガラ公爵領に移り住んでからも、それには変わりがなかった。


 公爵領においては術の才能を利用して、様々な事業に取り組んできた。


 行く先々で称賛され、それでいて危険の少ないものであり、かつての戦場での苦労が嘘のような楽な仕事だ。


 実に快適で、居心地のいい場所となった。


 利用されている、と言う点では変わりないが、頭ごなしの命令なっではなく、自分から進んで仕事に向き合えると言う点が最大の相違点だ。


 だからもっと自分を出して、近付いていけばよりよい環境になるはずなのであるが、決定的に他者と交わることに臆病であり、それが今なお続いていた。


 ヒーサの一押しが無ければ、こうして外交官の真似事すらできないでいたであろう。


 そうこう思案している内にシガラ公爵家の上屋敷に到着した。


 玄関前で着地して、門番に挨拶をし、二人は中へと入っていった。


 そして、思わぬ不意討ちを食らう事となる。

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