11-7 違反は不問!? 箸を使った橋渡し!

(教義違反への咎はなし。術士の運用に関しても踏み込んだ隠喩で尋ねてみたけど、さて、ここからどう返してくる?)


 意地悪くも、相手を試すやり方を続けるアスプリクであった。


 ヒーサ・ヒサコと付き合っていると、本当に頭の回転の速さや応用力に驚かされていた。それでいて出自にこだわりがなく、今現在がどうなのかで物事を判断するため、過去に色々あったアスプリクにとっては気が楽であった。


 王女、火の大神官、問題児、色々と人によって評価や態度が変わって来るが、あの兄妹だけはアスプリクそのもの、さらに言えば実力のみを評価とし、その上で友とまで呼んでくれていた。


 肩書よりも実力重視。見た目や中身どころか、その奥の“本質”を覗き込んで評価を下す。


 優しくもあり冷たくもあるあの二人の視線が、たまらなく好きなのだ。



(でも、ほんとは……)



 初めて抱いた他者への好感。それが年相応の少女らしい、恋愛感情に変わるのにそう時間はかからなかった。


 だが、相手は既婚者である。


 そもそも、ヒーサとアスプリクの最初の出会いの場は、ヒーサとティースの結婚披露宴だ。



(あとほんの少しでも、早く出会えていたらな~)



 そんな想いを抱きつつも、それを抑え込み、救い上げてもらった恩人への恩返しとして、今こうしてらしくもない“外交官”の真似事をしているのだ。


 やり方も一任されているし、結果を残さねばと気張りつつも、やはり慣れないことはするものではないなとも考えていた。


 だが、幸いなことに、今目の前にいるのは察しの良い外交と説法の第一人者であった。


 回りくどい言い方にも、即座に反応が入れられるのだ。



「……上に立つ者は、伝統や格式を可能な範囲で重んじる必要がある。長く続いていると言う事は、人々がそれを求め続けて、かくあるべしと綿々と受け継がれてきたものなのだからな。軽々に変えるべきものではない」



 きっぱりと言い切るヨハネスに、アスプリクは顔にこそ出さなかったが、いささか失望した。



(まあ、教団の頂点に位置する者としては、そう言わざるを得ないか)



 ある意味で分かり切った回答でもあったので、残念には思うがやむなしとも思えた。


 だが、そんなアスプリクの心中を察してか、ヨハネスは笑顔を向けてきた。



「しかし、それはあくまで内部でのこと。変わるべきところは変えねばならんし、それを教義の名の下に押し付けるのも、そろそろ終わりにしなくてはいかん。現に、シガラ公爵が新たな道筋を示し、それが有効であるともな」



「…………! では!」



「こちらからうるさく言うつもりはない。まあ、こちらは組織が大きい分、変わるのは困難ではあるが、外が変われば、おのずと変化の有用性に気付く者も自然と増えるだろう」



 ヨハネスの反応は、アスプリクにとってはほぼ満額回答であった。


 自身の還俗についてはお咎めなしであり、ヒーサが中心になって進める改革についても、教団への干渉が無ければ黙認するということだ。


 術士の管理運営の独占権が、実質的に崩れたと見てよかった。公式の場ではないが、法王自身の口から飛び出した、という意味においてはかなり大きい。


 実際、周囲の近侍も困惑しているようで、互いに顔を見合わせている様が見えていた。



(改革は黙認する。ただし、教団の歩みは遅いであろうから、あまりせっつくな、ってとこだよね。良好な関係は続けたいけど、だからと言ってのめり込むつもりはない。まあ、こっちとしては上々の反応だ)



 友好的中立、それがヨハネスが出した回答であり、アスプリクはそれをしっかりと受け取った。


 納得のいく回答であり、まずは満足すべき結果と言えた。



(公文書での聖宣と言うわけではないけど、現状では十分な好感触! まあ、実際のところ、今のシガラ公爵家と事を構えるべきではない。戦時下でもあるし、友好的に過ごしたいということなんだろうけど、いずれは教団内部も大鉈を振るう必要が出てくる。準備段階はゆっくりじっくりと、かな)



 アスプリクはそう受け取り、それについてはヨハネスも同様の考えであった。


 戦争が終われば、また内部での権力闘争が再開されるかもしれないが、それまでの間に地場を固めてしまえばよい、というのがどちらも共通する認識だ。


 それを互いに確認できただけでも、この会談は成功したと言っても良かった。


 そして、二人は和やかなる内に、“箸”を用いて食事を行い、他愛無い談笑で和やかに過ごした。


 この会談が両者の“橋渡し”として最良の結果を残したと感じつつ、夜は更けていくのであった。

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