第11章 血染めの祭典
11-1 星聖祭! 年に一度のお祭りだ!
王都ウージェ。
長きにわたりカンバー王国の中心地として栄え、王国の歴史と共にある伝統と繁栄を積み重ねてきた場所である。
都市部と都市近郊の町村を含める“王都圏”と呼ばれる領域は、総人口が百万を数え、名実ともに王国最大の都市だ。
住人はもちろん、王族もそれを自負しており、その繁栄が永遠に続くことを願って止まない。
そうした日々の弛まぬ努力により都市は栄え、様々な物資や人々が流入し、王国内どころか隣国のネヴァ評議国の妖精族の姿すら見受ける事が出来た。
各地の領地貴族の屋敷も存在し、時期によっては各地から領主が王都にやって来ることもあった。
そして今、その集まるシーズンが到来していた。
“星聖祭”
『
数々の奇跡を世界に付与し、火がゆらめくのも、水が流れるのも、大地が実りをもたらすのも、風が吹き抜けるのも、すべて神がそうあるべきと作ったからに他ならない、と。
また、同時に世界に住まう動植物も生み出し、それらの偉業をたったの七日で終えたと聖典には記されており、それに因んで毎年、神を讃える祭りが七日に渡って開催されることになっていた。
王都はこの祭りの期間はいつも以上に人でごった返し、王都近郊にある『
そんな人で溢れかえる王都に、二人の見目麗しい妖精が大通りを歩いていた。
「あ~、祭りの時期に重なっちゃったか~。こりゃ、宿を探すのも面倒だね」
人混みを何気なしに眺めつつ、賑やかな雰囲気に似つかわしくない億劫とした顔になっていた。白い肌は地味な旅装束に隠されてはいるが、隠しようもない端正な顔立ちは行き交う人の波にあっても損なわれることはなく、赤い瞳が油断なく周囲を伺っていた。
かつての火の大神官アスプリクであり、ヒーサの要請を受けて、王都にやって来ていたのだ。
「はへぇ~。人間って、こんなに数がいるんだ。シガラの市街地でもとんでもない数だと思っていたけど、この都市はさらにその上を行っているわね」
キョロキョロと周囲を見回し、完全に“お上りさん”状態の連れであった。
アスプリクの叔母であるアスティコスであり、あまりの人の多さに圧倒されていた。
そもそも、アスティコスはヒサコに連れ出されるまで、エルフ族が住まう大樹海を出たことがなく、このような人波にもまれるなどと言う経験がなかったのだ。
かつて住んでいた里も、人口は精々千人を超える程度であり、その規模でもエルフの里としては、割と大きい部類に入っていた。
それが王国でも最大の人口を誇り、しかも人でごった返す“星聖祭”の最中である。完全に雰囲気に呑まれており、圧倒されていた。
「でも参ったな~。この時期は神事で忙しいから、
「あ~、そうなるか。アスプリクも“現役”の頃は忙しかった?」
「そりゃあもう! この七日間は引っ切り無しに行事への出席やら、儀式を執り行ったりで、あちこち駆け回ってたからね。日が沈んでからも、翌日の調整やら打ち合わせやらで、食事や寝る時間も削られまくって、祭りが終わった直後なんて、まともに動ける聖職者を探す方が難しいくらいだったよ」
法衣は枷としか考えていないアスプリクにとっては、もう二度とやるまいと誓っていた。
そのため、こうして“一般人”として祭りに参加するのは逆に新鮮であり、気が楽な分、まだ楽しめるのであった。
「宿はこの時期、参拝者や行商の人達で埋まっちゃうから、探すのは難しそうだね」
「ヒサコに紹介状、貰ってなかった?」
「う~ん、シガラ公爵家の上屋敷か~。今は主不在で空いてるけど、この時期は貴族も挨拶回りで、忙しいからな~」
祭りの最中は地方の貴族が王都に上って来ることも多く、普段縁のない他家の貴族と繋がりを持つため、挨拶に出掛けたり、あるいは贈り物を上屋敷に届けたりと、それはそれで忙しいのであった。
「ヒーサもライタンを連れてくるって言ってたから、祭りの最終日くらいには到着できることにはなってる。ヒサコもそれに合わせて来るとは言ってたし、ハハッ、その時には公爵家の上屋敷は聖山以上に人でごった返すかもね」
なにしろ、シガラ公爵家の兄妹の動向は、どちらも国内最大の関心事であり、注目の的であった。
兄ヒーサは数々の改革を断行し、国内を混乱させたものの、成果としては凄まじい効率化を果たしており、公爵家の躍進に繋がっていた。
また、“僭称法王”ライタンを伴っての訪問であるため、『
おまけに、貴族の間でブームになっている“漆器”や、あるいは“陶磁器”についてもヒーサの差配が輝いているため、これも関心事となっていた。
そして、兄以上に注目を集めているのが、ヒサコであった。
第一王子アイクとの婚儀もそうであるが、それが一ヵ月も経たずに死別してしまった事に加え、それを報復するかの如く凄まじい戦場での戦いぶりが、王国全土に喧伝されていた。
敵対するジルゴ帝国の皇帝即位による王国への侵攻が不安視される中にあって、十倍以上の敵を物ともせずに撃破する姿は、“聖女”ヒサコの名声を不動のものとし、それを讃える声はそこかしこで聞くことができた。
また、アイクとの子を孕んでいたにも拘らずの出征であり、それも人々を驚かせていた。
無事に生まれれば、王家と公爵家を結ぶ重要は橋渡しとなる事は明白であり、そちらも大いに関心を集めていた。
(ま、それは真っ赤な嘘! 擬態なんだけどね~)
最重要機密であるが、ヒサコとアイクの間に子はなく、大掛かりな芝居の上に周囲に誤認させたでっち上げであった。
しかし、ヒサコの腕の中にはすでに赤ん坊がおり、男児が周囲に祝福される形で存在していた。
その正体はヒーサとティースの間に生まれた子供であり、ヒサコの視点で言えば、我が子とする男児は実際は“甥”だと言う事になる。
裏事情を知らぬ人間にとっては、あくまでアイクとヒサコの子であり、王家の血を引く“王孫”であり、成長の暁には王位継承権が付与されると予想できた。
そここそ、公爵家による王家乗っ取り、“簒奪”の機会を与える最高の手札となり得た。
(でも、ヒーサからの依頼は、教団の情報収集と、ジェイク兄との和解なんだよね~。しばらくは情勢を見守って、野心を匂わせずにいるって事なのかな。まあ、僕はヒーサの役に立てればいいけどね)
アスプリクの判断基準はそこであった。
今までは才能を利用されるだけの人生であったが、ヒーサとの出会いによってそこから抜け出し、年相応の真っ当な生活ができるようになっていた。
そんなヒーサに対しては淡い恋心を抱きつつも、相手はすでに既婚者であるため、その感情を押し殺し、できる範囲内での恩返しを考えていた。
ヒサコの出産の裏事情を知っているのも、ヒーサからの信頼の証として工作を任されたからであり、それはアスプリクにとって喜びとなった。
「ま、無駄になるかもしれないけど、聖山の方に顔を出して、ヨハネスとの面会を取り付けてもらえるようにしようかな。取りあえず、荷物は公爵家の上屋敷に預かってもらって、宿はそこの一室を借り受けることにする。叔母上もそれでいいよね?」
「アスプリクのしたい様にしなさい」
基本的に、アスティコスは姪のやりたいようにやらせる方針を取っていた。
アスティコスにとっては、アスプリクと過ごせる時間が何より重要であり、それ以外の事柄にはまるで無頓着であった。
こうして二人は人混みをかき分けながら、王都の一角にあるシガラ公爵家の上屋敷を目指した。
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