10-32 困惑! 女伯爵もまた外道落ち!
逃げ道も、分かれ道も、何もかもが無い。
ティースにはもう、ヒーサの用意した道を進む以外の選択肢がなかった。
後世、外道と
人としても母としても、間違いなく失格だ。
だが、分かっていても、避けては通れぬ未来がある事も、ティースは理解していた。
「……ヒーサ、一つ聞いてもいい?」
「なんなりと」
「今の提案の良し悪しは別にして、ナルを殺す必要はあったの?」
「あった。だから殺した」
もはや隠すことすらせず、堂々と殺したと言い放った。
ティース以上に側に控えていたマークの方から殺気が飛んできたが、ヒーサはそれをあえて無視し、ティースを見つめ続けた。
「なら、その理由は?」
「ナルは優秀過ぎた。それだけに、敵に回った際の怖さが分かる。そして、先程の提案をナルがいる状態で話しても、お前は受け入れはすまい。必死で抵抗し、私かヒサコを殺しにかかるであろう。それだけは避けたかった」
「あくまで自衛のため?」
「作戦遂行のために邪魔になるのであれば、排除するのは当たり前ではないか。私としては、復讐を忘れてもらった方が良かったのだが、お前はそれをきっぱりと拒絶したからな。ならば“わからせて”やるのが一番と言うわけだ」
「だからと言って……!」
あくまでもナルの殺害を正当化するヒーサであるが、ティースはこれを許す事ができなかった。
このまま相手の喉を噛み千切りたい衝動が膨らんでいったが、それでは自分のために戦ってくれたナルの意志を無駄にしてしまう。
公爵殺し、夫殺し、そして、自分は火刑台へ直行となるだろう。
ナルが目指した伯爵家再興は、そこで潰える事は確実だ。
「ナルの願いを、半分だけでも叶えるためには……」
「そう考えるのであれば、お前の腹の中にいる子供を差し出すことだな。それが最善の道となり、カウラ伯爵家の栄達を約束することになるだろう。何しろ、その子が次の王様になり、私が摂政大公として大権を振るうのだ。何人が阻めると言うのか。伯爵家の一つや二つ、浮き沈みは思いのままだ」
「……約束はしてくれるのよね?」
「無論、誓おう。私、ヒサコ、ティースの間には、決して外部に漏らせぬ秘密を共有することになるのだ。バラせば、お互い身の破滅だ。ゆえに裏切れない。それを以て契約とする。まあ、アスプリクだけは例外とするがな」
「あの娘を?」
ティースもアスプリクの存在は気になるところであった。
ヒーサとは並々ならぬ関係にあり、裏に表に繋がっていることは知っていた。
極端な話、アスプリクを次の伴侶とすることで、そこから王位継承にイチャモンを付けると言うやり方すらあるのだ。
庶子とは言え、アスプリクには現国王の血が流れており、辞めたとは言え火の大神官としての実力もあるのだ。
そう言う意味においても、相当に深い信頼があり、また利用価値も高く、あるいは秘密を共有して裏切れない状態にあるのかもしれないとティースは感じ取った。
「偽装工作に必須なのだ。お前の出産は私が医者として立ち会えるが、ヒサコの方の産婆を誰にするかと言う問題がある。なにしろ、ヒサコの腹は空っぽであるから、出産すると言う形だけを取って、分娩室では何もしないからな。そんなもの、他の連中に見せられると思うか?」
「それはそうですが、アスプリクで大丈夫なのですか?」
「ああ。アスプリクがいれば、アスティコスも一緒にいるからな。素性の分からぬ旅のエルフであるし、適当に産婆経験が豊富とでも触れ込んでおけばいい。アスプリクも元々は神官であるから、出産に立ち会っても問題はないしな。アスティコスはアスプリクと一緒にいること以外に一切興味がないから、アスプリクから一言釘を刺しておけば、秘密が漏れ出る事もあるまい」
貴人の出産の場合、万一の事態に備えて、医師や産婆の他に術士を立会人として、分娩室に同席させることが多かった。術による強化や回復で、妊婦を助けるためだ。
しかし、今回は偽装が主たる目的であるため、秘密を共有でき、それでいて裏切る心配のない人選を優先させなくてはならなかった。
絶対に裏切らない。秘密は頑なに守る。それができる人材は、非常に少ないのだ。
「ティースの出産は、私とマークが引き受けよう。逆子で開腹手術を経験しているのだ。どんな難産でも対応できるぞ。で、ヒサコの出産(茶番)には、アスプリクとアスティコスに任せる。あとは偽装工作さえすればいい。こちらの出産は死産であったと言う事にして、そのままトウの【
策は披露した。そして、ヒーサはティースに手を差し出した。
それを掴めば、伯爵家の栄達への道は開かれる。
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