9-31 連鎖の罠! 梟雄は黒衣の司祭を弄ぶ!

 山林の中に上手く隠れていた砲台が、その姿を現し、一斉に砲口が猛り狂った。



「目標任意! 狙いを定める必要もないぞ! 片っ端から、撃ちまくれ!」



 伏兵の指揮を執っていたコルネスが叫ぶと、砲兵は思い思いの場所に砲弾をお見舞いした。


 なにしろ、コルネスの言う通り、狙いを定める必要はない。乱戦になること見越して、密集隊形を採っていたため、前に向かって撃てば、必ずどこかに砲弾が命中する、という有様なのだ。


 射程の短い軽野戦砲ファルコネットは手前に部隊を、射程の長い半長身砲デミ・カルバリンは中央および川寄りの部隊に砲撃を加えた。


 突如として鳴り響く大砲の轟音。そして、炸裂音と帝国兵の悲鳴。


 完全な不意討ちとなった砲撃に、帝国軍は大いに混乱した。


 前からの攻撃に対しては、神官らが展開している術式の壁が効力を発揮し、引き撃ちカウンターマーチ)を試みる王国軍本体の攻撃を防いでいた。


 ところが、側面からの、しかも銃とは比べ物にならない威力の砲弾は想定外であり、思う存分にその威力を発揮した。


 しかも乱戦からの押し合いになると見越していたため、帝国軍は密集隊形である。兵士がひしめき合う状況だ。


 そこに砲弾が飛び込んできたらどうなるか、説明するまでもないことであった。


 地面に炸裂し、衝撃が亜人達を吹き飛ばし、四肢を引き千切っていった。あるいは体を次々に貫いて、血だまりがそこかしこに形成され、瞬く間に阿鼻叫喚の世界と化した。


 しかも、一発や二発ではない。実に三十門もの大砲である。


 次々と炸裂する砲弾に対して、帝国軍は身動きが取れない。空間的余裕が“後方”にしかないのだ。


 正面からは王国軍本体が銃撃を浴びせ、展開している“壁”がなければ撃ち抜かれるのは必至であった。


 だが、ここで後退してしまうと、再び王国軍側との距離が空いてしまう上に、なお砲撃の射程より大きく後退することなど、急には無理であった。


 寄り合い所帯の弱点である指揮統率の難しさが、ここでもまた露呈した。


 指揮官はカシン唯一人。各所に配した神官らも、防御術式の展開があるため、十全に指示を飛ばすことなど不可能であった。


 そのため、この軍団の行動は唯一つ。最初の命令通り、前進して距離を詰め、乱戦状態に持ち込んで殴り合うことだ。


 密着さえしてしまえば、誤射を恐れて砲撃はできなくなる。


 そういう意味において、前進するのは決して間違いではない。


 だが、急な命令変更を徹底させることなど、帝国軍にはできない。柔軟性を以て不意な状況の変化に対処できるほど、各部隊間の連携や練度が備わっていないからだ。


 その状況になって、カシンはヒサコに嵌められたことを悟った。



「クッ! 私が川を利用することを、奴め、読んでいたな!?」



 実に単純なことだ。火が燃え盛れば、それを消すのに水を用いる。至極当然のことであった。


 炎の壁は視界を遮り、後退して距離を空けるために用いたのではない。黒衣の司祭に水辺に誘導することであった。


 水を使って火を消し、ついでに火薬を湿らせる。ごくごく当たり前の対処だ。


 だが、その当たり前のことをさせるために、ヒサコは火を放った。


 結果、カシンは川辺に降り立ち、術で水を被せ、全戦域の三分の一を水浸しにすることに成功した。


 川寄りの部隊の火薬を湿らせ、銃撃ができないようにした。


 そこまでは良かった。


 その裏に悪辣な意味に気付くまでは。



「おのれ! 私を上空から下ろすことが目的か!」



 完全にしてやられたと、今更ながらカシンは飛竜ワイバーンを羽ばたかせ、慌てて上空に戻った。


 もし、自分が上空から動くことなく、全体を見渡せる位置にいたらば、山に隠匿された大砲にも対処できたはずだ。


 山に動きがあった瞬間に見えるのであるから、砲撃準備が整う前に最寄りの部隊に指示を出し、これを牽制することができた。


 また、炎の壁による視界遮断を用いて、大きく後退した王国側をこれ以上後退させないために、他の飛竜ワイバーンを敵後方に迂回させ、牽制に用いた。


 今にして思えば、これも誘導であった。


 他の飛竜ワイバーンも前線に出してしまったため、大砲を上空から攻撃するような対処ができない。


 もし、自分が上空に待機したまま、飛竜ワイバーンを動かせる状況であれば、砲兵に向かってこれをけしかけることもできた。


 気が付けば、手持ちの戦力を使わされ、丸裸となり、挙げ句に自分自身も戦力として攻撃を加えた。


 そう“指揮官”ではなく、ただの“術士”にさせられたのだ。


 指揮官不在、急な事態の対処に、一時的に鈍感となり、そこをまんまと突かれたのだ。


 だが、カシンの思考はそこでは止まらない。さらに奥深く、ヒサコの思考を考察した。


 そして、気付いた。



「そもそも、なぜあの位置に砲台を設置した!? いや、それすら先読みしたのか!? ここに我らが徒党を組んで来ることも!? こうして側面を晒すことも!? 都合よく私が山の反対側の川に移動し、指揮能力が一時的に低下することも!? 飛竜ワイバーンと言う予備戦力を迂闊に投入することも!? 全部、全部か! あいつは全部、読み切っていたとでも言うのか!」



 すべてが罠。何もかもが罠。


 偽情報にまんまと引っ掛かったフリをして、撤退したのも罠。


 それを帝国側が追撃し、この地で迎撃をしてきたのも罠。


 引き撃ちカウンターマーチで焦らせてきたのも罠。


 炎の壁を作り、視界を遮ったのも罠。


 機動力の高い予備戦力である、飛竜ワイバーンの群れを投入させたのも罠。


 炎の壁を消火し、水を浴びせて銃器を使用不能にさせたのも罠。



「何もかもが、奴の掌の上か!? クソッ!」



 まんまとしてやられた、とカシンは悔しがり、憤激した。


 何度も銃撃され、焦れていた亜人達だが、一番焦れていたのは他ならぬ自分自身であったと、カシンは今更ながらに思い知らされた。


 炎の壁で目くらましをされたのも、狙いは帝国軍ではなく、指揮官の思考を曇らせ、誘導することが目的であった。


 それを理解した時、カシンはようやくにして自分の愚かさを悟ったが、すでに眼下の混乱は止めようがなく、軍全体に動揺が広がり、それと同時に砲撃による被害が拡大していった。

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