9-32 反撃!  詐術《トリック》とはそれすなわち、術《アート》なり!

 王国軍左翼、山寄りの場所にヒサコはいた。


 遠眼鏡で反対側の川寄りの方を観察していると、案の定、慌てて飛竜ワイバーンが上空へと飛び上がっていくのが見えた。


 もちろん、その背には黒衣の司祭カシン=コジの姿も視認できた。



「バカね~。指揮官がホイホイ指揮所、本陣から動いちゃダメよ~」



 ヒサコはようやく事態に気付いて慌てて上空へと飛び上がった飛竜ワイバーンを見て、ベ~ッと舌を出した。


 色々と手を回し、見事に策に引っかかってくれて事は、ヒサコにとっては痛快であった。



「多分、あの大波を呼び寄せて、乱戦に持ち込める態勢を整えたところで、勝利を確信したでしょうね~、カシンの奴。でも、そこからどんでん返しで、帝国軍は絶賛被害拡大中! ああ、これは最高! あいつの引きつった顔が見てみた!」



 なお、カシンは上空へと舞い上がっている真っ最中であり、残念ながらその顔を拝むことは、ヒサコには叶わなかった。


 遠目に見えていた動きで、狼狽していたのは一目瞭然だ。


 カシンは優秀であるが、指揮官としては自分の方が上だと、はっきりと確信した瞬間でもあった。



「カシン、あなたの用兵は正しいわよ。数で押す、至極当然だし、それを活かすやり方も心得ている。引き撃ちカウンターマーチで損害を与えれると思ったけど、術士で壁を作りながら迫るなんて、いい対策だと思う。でも……」



 ヒサコの視線を上空から目の前に戻した。


 敵陣には何十発もの砲弾が降り注ぎ、その都度何十人も犠牲者が出た。


 肉片が飛び散り、悲鳴がこだまし、それでも逃げ道はない。前後左右、どちらを見ても友軍で埋まっており、身動きが取れないでいた。



「術に頼り過ぎよ。幻術なんか使わなくても、相手を騙す事くらいできるものよ。嘘や欺瞞の情報を渡し、それをさも真実であるかのように見せかける。フフッ、詐術とりっくもまた、立派な“あーと”なのよ」



 鳴り響く砲声、次々と倒れる帝国の亜人。轟音と悲鳴がこだまする中、ヒサコは事態が自分の思い描いた方向にようやく動き始めたことを確信し、高らかに笑った。



「でもさぁ~、これでおしまいじゃないわよ。用意した罠は、まだ終わりじゃない」



 ヒサコはニヤリと笑い、今一度視線を山の方へと動かした。


 さあ、もう一度だ。もっと殺して、耳を削いでやろう。手柄の、戦功の立て時だと、高揚している自分を抑えるのに、ヒサコは必至であった。


 まだ笑うな。もう一発来る。大きいのがまだ来る。


 勝利の笑みを浮かべるのは、敵が壊走するのを見てからでも遅くはない。


 ヒサコはそう考えつつ、響く砲声と、敵方の悲鳴を楽しそうに聞き入った。


 空へと戻っていたカシンの顔は引きつっているであろうが、間もなくそれが更に引きつる場面がやって来る。



(そう、ここからは手柄の立て時さーびすたいむと言うやつよ。せいぜい、“聖女ヒサコ”の名声を彩る糧となりなさい!)



 そして、最後の、そして、最大の一撃が帝国軍に加えられようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る