9-7 唖然! 女神様は茫然自失!
「あのさぁ……」
「ん~?」
そこはシガラ公爵の屋敷の中にある執務室で、普段と変わらぬ書類仕事に追われている二人がいた。一人は屋敷の主であるシガラ公爵ヒーサであり、もう一人はその秘書官でもある専属侍女のテアだ。
二人の書類仕事はいつもの事だ。領内各地から上がってくる報告書に目を通し、必要であれば指示書を書いてそれを返送する。あるいは、行政機関や各種団体からの法案や事業の認可、あるいは援助や予算付与の申し出など、それは多岐にわたる。
面倒な雑務であるが、領主の仕事として疎かにするわけにはいかず、極めて熱心だ。
特に、今は帝国との戦争の真っ最中であり、物資、装備の準備に余念はなく、できる限りの軍勢を揃えて前線に送れるように必死になっていた。
そんな涼やかな顔で事務処理を行っていながら、その実、裏でやっているのは、略奪と殺戮である。
ヒーサとヒサコは“一心異体”の存在であり、その中身は戦国の梟雄“松永久秀”その人である。本体と分身体に切り分け、どちらも久秀の意志の下に動いていた。
現在はヒーサが本体であり、こちらはシガラ公爵領の屋敷にて執務に追われていた。
一方、分身体であるヒサコは軍勢を率いてジルゴ帝国の領域に侵入。現地の村々を配下の者達に襲撃させ、略奪と殺戮を欲しいままにしていた。
その光景を女神であるテアが、ヒーサを通してヒサコの視界を共有して眺めており、目を背けたくなるような光景が繰り広げられ、実際に頭を抱えて困惑していた。
なにしろ、飛び込んでくる光景といえば、兵士達が次から次へと村々に押し入り、住民を殺し、財貨を奪い、食料を徴発していく姿ばかりであるからだ。
抵抗する者は殺され、抵抗しない者も荷物の運び出しが終われば根こそぎ殺され、生者なき村を次々と生み出していた。
これが“聖女”に率いられし“正義”の軍団の実情である。
困惑するなと言う方が無理であった。
「どうした、女神よ、浮かない顔をして」
ヒーサは困惑するテアをそっちのけで書類仕事をしており、その表情は涼やかなままだ。とても
「どうした、じゃないわよ!? 帝国と、魔王と戦うって言っときながら、やってることが魔王以上に魔王やってんじゃない!」
「金! 暴力!
「もうやだ、この戦国脳……!」
テアは英雄の人選を間違えたと、改めて再認識した。いくら敵国とは言え、非武装民に対して暴力と略奪の嵐を呼び込むなど、とても英雄とは思えなかった。
「亜人はどうにも美的感覚にそぐわんからな。獣人もダメだな。毛深そうで、抱く気になれん。エルフのような近似種でなければ、どうにもいきり立たん」
「何を言っているのよ、あんたは……!」
「無論、女子の見た目的な嗜好よ。種族は違えど、交配はできると書物には書いてあったからな。ティースは孕んでいるし、ちと寝床が広すぎてな。“抱き枕”を絶賛募集中だ。とはいえ、帝国産の女子は、どうにも嗜好が合わなさそうだ」
「まじめに仕事していると思ったら、裏で略奪するわ、放火するわで、今度は女子を寄こせってか!?」
相も変わらぬ腐れ外道な行動に、テアはますます頭が痛くなってきていた。
「攻め滅ぼした敵国の姫を娶るのは良くある話よ。甲斐の武田信玄とて、攻め滅ぼした諏訪の姫を側室に迎え、その間に生まれた勝頼が武田の家督を継いでおるしな」
「いやまあ、それもそうなんだけどさ。それこそ、今のあなたの財力と権力にものを言わせれば、好みの女なんて、いくらでも呼び寄せれるでしょうに」
「分かっておらんな~。そんな女には興味がない。国も、女子も、あの手この手で攻め立てて、どうにかこうにか手にするから面白いのではないか」
「う~ん、この……」
後に続く言葉が思い浮かばぬほど、ヒーサの言葉はテアにとって納得しかねる言葉であった。外道もここまでくれば逆に清々しいが、被害者の事を思うと心が痛かった。
「ククク……、それに言うではないか。人間の最も大きな喜びは、敵を打ち負かし、これを眼前より払い除け、その持てるものを奪い、その身内の者の顔を涙にぬらし、その馬に奪いて跨り、その妻や娘をおのれの腕に抱くことである、とな」
「こっわ! 魔王のお言葉ですか、それは!?」
「敵対する者にとっては、魔王そのものではあるな。遥かなる悠久の大地を席巻せし騎馬民族の大王、
「つ~か、魔王何人いるのよ、あの世界は」
「さてな。数えるのも大変だと思うぞ」
かつて目の前の男が自分の事を常人と称していたが、つくづく上には上がいると、思い知らされるテアであった。
「そうした例に倣い、征服地にも女漁りは心がけようとしたが、やはり亜人では異種族過ぎたな。多少期待はしておったが、見た目的にはやはり人間を除けば、エルフが一番良いか。ああ、だが、孕ませるのはよくないか。そうした感じで産み落とされた混ざり者は、双方からの差別の対象になるがな。アスプリクがいい例だ」
アスプリクは人間とエルフの混血児であり、
王の娘という血統を持ちながら人々からは蔑まれ、あるいは類まれなる術の才能もあって恐れられ、嫌な思いをしてきたのである。
人間からは疎まれ、エルフからは受け入れを拒否された。いくら見た目が似ていると言っても、それでも双方の間には壁が存在し、それが差別を生み出す元凶なのだ。
アスプリクはそれを一身に受けてきた存在であり、心を歪ませたのもそれが原因であった。
ヒーサは純粋に実力のみを評価としていたので、そうした差別的な視点とは無縁でいられた。
「まあ、やはり抱くなら人の女子が一番というわけだ。お、新たな集落発見~♪ って、今度は
ヒサコの視界に映る集落は、どうやら
当然、耳元にはあちこちから悲鳴が届き、血飛沫が舞い、死体が積み上がっていった。
「ああ、
「恨むのであれば、弱い自分を恨むことだ。自らの境遇に異議申し立てをするのは自由だが、それには必ず力が伴うということだ。相手を追い散らすだけの力か、あるいは何かしらの交渉材料を用意して、納得してお引き取り願うかだ」
「それが戦国の作法ってやつ!?」
「いいや。生存競争に勝ち抜くための、ある種当然の権利であり、義務だ。弱者には食われる未来しかなく、知恵の無き者は利用されるだけしか先が無い。持たざる者は、持つ者に蹂躙されるのみだ」
一切のブレなく言い切るヒーサの顔は、どこか清々しささえ感じるほどに穏やかであった。
奪うことを生業とする戦国武将の、あるいは乱世の梟雄としての生き様を、テアは嫌というほどに見せつけられた。
情けも容赦も一切なく、蹂躙し、奪い尽くす。焼け落ちる村、積み上がる“左耳”のない死体の山、荷物が満載された荷馬車、どれもこれも戦の成果であり、奪った富と、得た名声が形となっている姿であった。
共有する視界の向こう側で、あわれに焼き払われる村落が一つ、新たに加わるだけであった。
テアの耳には亜人の悲鳴が幾度となく突き刺さるが、なるべく気にしないようにして、書類仕事に戻っていった。
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