9-8 切り取り御免! 予防措置を怠った方が悪い!

 遥か彼方に存在するジルゴ帝国。


 その領域において、攻め込んだヒサコの軍勢は方々に散り、略奪をほしいままにしていた。


 村を襲い、住人を殺し、財貨を掠め、食料を奪い、次の獲物を求めて走り去る。まるでイナゴの大群が畑を食らい尽くすがごとくの所業であった。


 だが、それを指揮するヒサコに迷いはなく、それを操るヒーサもさも当然と言わんばかりの態度であった。


 それもまた、戦国の作法に他ならないからだ。


 ごく当たり前のことをやっているだけ。分身体ヒサコを操る本体ヒーサの態度はまさにそれだ。


 自分は領地で執務をこなし、妹は敵地で略奪し放題。これもまた、奪い奪われての戦国の日常であった。



「それにあれよ、“制札せいさつ”がかかっておらなんだからな。乱取されても文句はあるまいて。備えておかぬ方が悪い」



「いや、それ、無理でしょ」



 ちなみに、“制札”とは、乱取らんどり避けの許可証のことである。合戦場に近い村や町は気の荒い兵士に襲われることがままあり、それを避けるための物だ。


 事前に大将に貢物をしてお目こぼしを願い出て、それが認められると、ここへの乱暴狼藉を禁ずるという“制札”が発行される。当然、兵士にしてみれば、制札がある場所を襲うことは君命に背くことになるので、引き下がるより他ない。


 ただ、これはあくまで貢物を差し出した側にのみ適応されるので、敵方の将が発行した制札のみでは意味を成さず、もう一方から襲われればそれまでである。


 しかも、敵対勢力と交渉しようものなら、取り消しの危険もあったため、村々はどちらの制札を貰おうか、かなり悩むこととなる。


 おまけに、現地の指揮官が入れ替わってしまえば、制札はもう一度発行してもらわねばならず、これにもまた費用が掛かった。


 生き延びるためには仕方がないこととはいえ、制札の許可を取る“礼銭れいせん”は、戦国武将の秘めたる収入源となっていた。



信長うつけめはこれに目を付けてな。よい金になるからと、制札は必ず自分名義のそれを発行して、押し付けておったのよ。特に斑鳩いかるがの法隆寺に制札を売り付けたときには、七百貫文をふんだくりおった悪い奴でな」



「いやいやいやいやいや」



 現在進行形で略奪に勤しんでいる者の言葉とは思えず、テアはどう返すべきか迷った。


 まるで呼吸でもするかのように、奪い去るのが戦国の作法だと思い知らされた。それこそがまさに生業だと言わんばかりの態度であった。



「でも、なんでいきなり略奪なのよ!? 合戦は!?」



「宿営地に攻め込むなど、愚の骨頂よ。数が多い上に、防衛設備も整っておるのだ。いかに装備でこちらが上回っているとはいえ、それは危険だ。よって、探りを入れつつ、敵を誘引しているというわけだ。略奪を行っているのも、足の速い騎兵のみを先行させているからな。本体は連絡の取りやすい場所、合戦に適した場所に配備済みだ」



「地形の把握は済んでるってことか」



「当然だ。そのための斥候だからな」



 敵地での偵察は危険を伴うが、地理的知識も持たずに突っ込む方がより危険だ。なにしろ、偵察部隊が捕捉されたとしても、その小隊のみがやられるだけだが、軍団で進んで危地に陥れば、その軍団に被害が出てしまう。被害は雲泥の差である。


 事前の地形把握や道案内の確保など、合戦前の下準備としては当然の対応であった。



「それに何より重要なのはまとめ役、指揮官がいるかどうか、それを調べるためでもある」



「乱取はどちらかと言うとついでで、本命は大物見おおものみの方か」



「そういうことだ。士気の向上や糧食の確保も重要であるが、最大の関心事は敵が“烏合の衆”か“軍勢”なのかを見極める事」



 帝国側が有利な点は数が多い事。敵に対して数的優勢を確保するのは軍事上の常識であり、この点では兵員確保に熱心な帝国側の姿勢は正しいと言える。


 だが、同時に弱点も抱えている。それはその数的優勢を活かすための土台が存在しないことだ。


 帝国は基本的に亜人や獣人達の集合体であり、元々まとまりを欠いた集団である。部族、種族単位で抗争を繰り広げ、戦に勝っては他部族を支配下に置き、農奴なり奴隷なりにして使役するのが常だ。


 戦いの結果一つで、主従や同盟相手などがコロコロ変わり、結束とは純粋なまでの力関係によって生み出されていた。


 それゆえに、それらをすべて統括する皇帝は滅多に現れず、基本的には空位なのだ。


 しかし、今は皇帝を名乗る存在が現れ、それを認めるからこそ参集に応じているのである。


 つまり、皇帝の旗の下ではバラバラではなく、ひとまとめになっていると考えてよかった。


 それだけに、部隊の中に皇帝がいるのかいないのかで雲泥の差が出る。


 皇帝の存在と情報、それこそが最も奪いたい代物であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る