9-6 騎行戦術! みんなでちょっとお散歩しましょう!

 それは突如としてやって来た。


 そこはのどかな田園風景が広がり、農夫が忙しなく畑仕事に従事していた。ある者はくわすきを手に持ち、大地を耕していた。別のある者は、掘り返された大地に種を撒いていた。


 どこにでもある普通の農村の光景だ。


 そこへ彼らがやって来た。


 およそ百騎ほどを数える騎兵の集団だ。



「殺せ! 一人残らずだ!」



「糧秣は焼くなよ! 後は全て灰にしろ!」



 彼らはけたたましい声を上げ、村に乱入すると、瞬く間に殺戮劇を繰り広げた。


 あまりに突然の事に、村落の住人は大混乱に陥った。


 必死で逃げようとするが、それも無駄であった。徒歩かちでは到底、騎馬の足からは逃れられず、逃げる背中に槍を突き立てられた。



「ギャ! ナンダコイツラハ!?」



 そこかしこで悲鳴が響き渡り、次々と殺される村人。剣で斬られ、あるいは槍で突き立てられ、命を散らせていく。


 悲鳴と共に血だまりに沈み、物言わぬ肉の塊と成り果てていった。


 それも一人二人ではない。乱入者の目標は、そこにいる“全員”であった。


 抵抗も無意味だ。単なる村人と、完全武装の騎士とでは、装備も力量も違い過ぎた。


 命乞いも意味を成さない。なぜなら、初めから“女子供も含めて”皆殺しにするためにここへ押し入ってきたからだ。


 あるいは家や小屋に逃げ込もうとも、ボロの扉では完全武装の騎士を妨げることはできず、蹴り一つで打ち破られた。そして、容赦なく切り捨てられ、あるいは首を跳ね飛ばされた。


 悲鳴や命乞いなど、地獄に添える華に過ぎない。


 どす黒い鮮血が大地を染め上げ、そこら中に死体が転がる中、押しかかって来た騎士達は特に悪びれた風もなく、物資を物色し、あるいは生き残りがいないかと探し回った。


 詰まれたわらの中に隠れていた子供が引きずり出され、泣き喚く声などまるで無視して、ジタバタもがくその小さな体に向かって振り下ろし、その脳天を砕けたスイカのようにぶちまけた。


 脳漿が飛び散り、血がこぼれ落ち、その小さな体を大地はしっかりと受け止めた。


 略奪、殺戮、そして放火。食料を奪い、財を奪い、物のついでに命も奪う。しかも、そこには“誉れ”が伴う。


 奪えば奪うだけ、彼らの名声もまた、高まっていくのだ。


 それはなぜか。理由は簡単なことだ。


 襲われている村は“小鬼ゴブリンの集落”であり、襲っているのは“人間”だからだ。


 不倶戴天の敵同士、襲い襲われては当然の摂理。ならば、全てを奪ったところで咎はない。むしろ、武功であると嬉々として語れるのだ。


 奪われる方が悪い。奪われないための予防措置を怠ったからだ。


 強さこそが正義であり、弱い事は悪であり、あるいは怠惰でもあるのだ。



「ボロい集落にしては、意外と溜め込んでいたな」



「おぉ~い! 急いで荷馬車に詰め込め!」



 突入部隊に少し遅れてやって来た荷馬車に、略奪した食料を始めとする物資が積み込まれ、たちまち荷台を満たしていった。


 さらに付け加えると、この集落だけの特殊な事情ではない。周辺の村々が次々と襲われ、同じ光景が繰り広げられたいた。


 これはヒサコが提案した“騎行戦術”であった。


 ヒサコの主目的は集結中の帝国軍を痛打することであるが、いきなり駐屯地に攻め入る真似はしなかった。


 まずは“大物見”、つまり相手の反応を見るための威力偵察と、もののついでの物資の略奪であった。


 ジルゴ帝国側に侵入すると同時に、全ての騎兵を百騎単位に編成し、それを方々に放ち、帝国領内の村々を次々に襲わせたのだ。


 現在、帝国はカンバー王国への侵攻に向けて、兵を各所から集め、いくつかの宿営地に集結させていた。


 その数はすでに数万を数え、ヒサコが帝国側に侵入させた総勢五千名よりも遥かに多い。


 ここで的確な反撃に出れば、ヒサコの率いている軍団もたちまち壊滅させられる危険があった。


 だが、ヒサコはそれを逆手に取り、敢えて逆侵攻という手段に打って出た。


 ここに帝国側の弱点や読み違いがあらわとなり、この殺戮劇を生じさせる結果を生んだのだ。


 読み違えの一つは“王国側が防備に入っている”という思い込みであった。


 実際、アーソでは帝国側の侵攻に備え、防衛施設の強化に努めている。これについては間違いなく、少し偵察を出せばすぐに気付くはずだ。


 当然、帝国側もそれを掴んでいるし、その防衛線の突破を図る策を考えるのは自明であった。


 だが、それこそが欺瞞フェイクだ。ヒサコは防衛設備を整えるのと同時に、逆侵攻を企図し、出撃の準備をしていた。


 表向きは防備を整えているように見えるが、召集をかけた将兵には出撃の準備をさせており、領内深く探りを入れて調べなければ、まず分からない。


 これが帝国に油断を生じさせた理由の一つだ。


 ここが一つの賭けであったが、前線に皇帝も黒衣の司祭カシン=コジも、どちらもいないことだ。


 もし、どちらか片方でも前線の宿営地に張り付いていれば、そこで撤退を余儀なくされた。


 元々数が少ないヒサコの軍勢である。数に任せて反撃されては、まず勝てない。


 だが、周辺に騎兵を散らし、それでも反応が鈍い事から、組織的な反撃ができていないようで、そこから“指揮官不在”が読み取れた。


 防衛線を突破するために、兵数を必要だ。一撃の元に粉砕するのであれば、より多くの兵がいる。ならば、どんどん掻き集めよう。


 これが帝国側の判断であり、その点では正しいとヒサコは考えた。


 数で押すのは兵法の基本であり、まして強固に設えた防衛施設の突破ともなると、より多くの兵がいる。なにしろ、帝国側は技術レベルが王国よりも劣るため、そもそも銃火器や大筒どころか、投石器カタパルトすらない有様だ。


 この状態で攻城戦となると、昔ながらの弓矢での援護射撃を受けながら、城壁に梯子をかけて乗り越えていくという戦法に限定されてしまう。


 帝国側にも術士はいるが、それでも数としてはそれほど多くなく、戦局を左右するほどではない。


 結局は数でのゴリ押しが彼らにとっての大正義であり、そのための兵員確保に忙しいのだ。


 そして、その“指揮官不在”が反応の鈍さに繋がっていた。


 宿営地にはすでに数万からの兵が集結しており、これを反撃に用いれば、ヒサコ軍団を蹴散らすのは難しくはない。


 だが、動かない。兵数は揃っていても、それを動かせる指揮官がいないからだ。


 油断を誘うというはあった。それにより、相手が油断をしてくれた。結果、略奪し放題となったのだ。


 部隊全ての士気は、これで大いに上昇した。


 特に、アーソ出身者の部隊は我先に村々に襲い掛かり、そこに住む住人を女子供に至るまで、一切の容赦なく鏖殺おうさつした。


 なにしろ、数年前に帝国らの攻撃にさらされ、大きな被害を受けたからだ。その意趣返しだと思うとみるみる内に殺意が高まり、一切の容赦がなくなるというものだ。


 アーソの部隊を率いるアルベールからして、かつての戦闘において父親が戦死しており、その弔い合戦とばかりに意気込んでいた。


 当然ご褒美も用意してあった。まず、村々を襲い、得た略奪品の内、食料は司令部に納めることになっていたが、その他は全て懐に入れてよいとしていた。


 帝国は文化的には遅れているものの、多少の貨幣制度は存在しているようで、少々形は悪いが硬貨が使用されていた。


 金銀ならば価値は変わらぬと、兵士達は収穫物を嬉々として懐にしまい込んだ。


 また、討ち取った“敵兵”は十人分ごとに勲功帳に記載し、また報奨金も出す旨を布告してあるため、より一層“亜人狩り”に精が出るというものであった。


 ただ、ズルをしないようにと、討ち取った亜人は左耳を切り落とし、それを以て数える事を事前に話していたため、殺した亜人の左耳はきっちりと刈り取られ、これを以て手柄とした。


 無論、その中には女子供の亜人も含まれていたが、形はどうあれそれは亜人のものであり、当然手柄として数えられた。



「さあさあ、欲しいままに暴れ回りなさい! 奪い、掠め、盗れ! 容赦はいらない! なぜなら彼らは亜人であるから! 死んだ亜人だけが良い亜人よ! 逃げる亜人は唯の亜人! 抵抗する亜人は訓練された戦士の亜人! どっちの亜人も変わりない! ただただ狩られるだけの哀れな存在よ!」



 高らかに叫ぶヒサコ。積み上がる略奪品と、切り取られた“左耳”。


 さながら地獄の軍団かと思うが、さにあらず。


 それは“悪役令嬢”にして“聖女”と崇められるヒサコの率いる人間の軍団だ。


 帝国への逆侵攻、その第一手は相手の隙を突いた、好き放題の略奪から始まった。

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