9-4 改革! 教団をいかにして立て直すべきか!?

「それと“こちら”の法王の件なのですが」



 ヒサコは少し遠慮がちに述べたが、ヨハネスとしては、それが最大の関心事であり、より真剣になってヒサコを見つめた。


 現在、『五星教ファイブスターズ」は法王が二人並び立つという、『教団大分裂グラン・シスマ』と呼ばれる状態に陥っていた。


 シガラ教区の責任者であったライタン上級司祭が、ヒーサの提案に乗る形で法王を“僭称”し、『改革派リフォルマーズ』を名乗って、敢然と教団本部に反旗を翻したのだ。


 当然、教団本部はこれを認めず、武力衝突に発展しかねないほどの事態に陥ったが、王国宰相ジェイクの抑え込みによって、ギリギリで回避された。


 そうした中央のまごつきを好機と見て、ヒーサは王国全土に向かって教団の専権事項であった『術士の管理運営』と教団最大の収入源である『十分の一税』の廃止を訴え、さらに教団側は混乱することとなった。


 なにしろ、この二つは過酷な環境にあった現場の神官達の心を惹き、シガラ領への流入や逃亡を促し、更に教団を経済的に締め上げようとする意図が露骨なほどに見えていた。


 しかも、これに同調する動きを見せる他の貴族もおり、教団としては断固たる措置をとるも、却って人心を離れさせる結果にもなってしまった。


 こうした経緯もあって、教団幹部は揃いも揃って激怒しており、ヨハネスを除けばほぼ冷静さを欠く状態に陥っていた。



「何度も宰相閣下や公爵殿よりの打診はあったが、私が法王になった場合、もう片方の法王は退位する、と言う事でよろしいのですか?」



「それについては確約いたします。そもそも、シガラ教区が離反したのは、術士の運用に関する異議申し立てが主要因でありますし、十分の一税の撤廃は同調者を増やして、教団を焦らせることを目的としております」



「ふむ……。では、分裂修復後は税を戻すと?」



「いえ、戻しません。それではお兄様が“嘘つき”になりかねません」



 なお、暗殺と謀略を繰り返しておきながら、この言い草である。裏の事情を知る者ならば、激怒するか苦笑いしかしないであろう。


 スキル【大徳の威】を失い、仁君のふりをする必要はもうないのだが、だからと言ってわざと名声に泥を塗るつもりもなかった。


 兄妹ヒーサとヒサコによる飴と鞭作戦が機能している内は、今少し仁君の仮面を付けておいて損はないのだ。



「ただ、減税で目減りした分は“寄進”と言う形で補填いたしますので、それは御心配いりません」



「公爵殿は実より名を取るか」



「はい。お兄様は名誉を重んじます。まあ、財の方はもう片方の、術の管理運営に絡む方で稼ぎ出しますので、それ以上の欲張りはしないというわけです」



 実際、ヒーサが提案した術士の事業投入は目覚ましい成果を上げていた。


 農場での生産効率向上と、それに伴う収穫量の増加。漆器を始めとする工房での作業にも活用されており、術士の運用は組織的かつ効率的になされていた。


 術士を怪物討伐の戦力としか捉えていなかった教団側には、シガラでの目覚ましい活躍ぶりに驚き、視察に赴いた者達が上層部に対して、運用の改善を熱心に促すほどであった。


 だが、上層部は難色を示した。戦力が目減りするのを恐れたからだ。


 教団は術士の管理運営を独占的に行うことで、その独自の戦力を有している状態であった。


 固有の武力があるからこそ、“不入の権”が効力を発揮するのであって、戦力の低下がさらなる介入を招かないか、こう考える幹部も多いのだ。



「ちなみに、猊下は術士の運用に関しては改革志向だと伺っておりますが、具体的にはどう言った案を思考されていますか?」



「私が目指すところは、“分業制”だ。術士を後方に回し、生産に従事させれば、向上することは公爵殿の事業展開から学び取れた。しかし、それでは戦力の低下を招きかねない。そこで術士の適性及び精神状態を念頭に入れて、前線勤務と後方業務の分業を行う」



「なるほど、興味深い話です」



 実は“松永久秀”もヨハネスと似たようなことを考えていた。


 普段は工房や農地での作業に従事してもらい、戦になれば前線に出てもらうというやり方だ。


 すなわち、“術士による屯田兵制度”こそ、シガラの最終的な着地点であった。


 “術司所うらのつかさ”という術士の運営組織を作り上げ、術士の派遣業に乗り出したのも、そのための試行錯誤の上に出来上がったものだ。


 だが、これに失敗したのが現状であった。


 理由はシガラが後方にあって平和で安定し、アーソが“飛び地”であったために人員の移動がやり難かったためだ。


 想定以上に帝国側の動きが早く、移動させる時間がなかったのだ。


 特に、アスプリクを後方に下げたのは、大きな失敗となった。逆侵攻をするにしても、彼女一人いるだけでやり方が大きく変わってくるからだ。


 十全にその火力を用いる事が出来れば、一人で千人分は働いてくれるのである。


 理由を付けて前線に送り出す口実も考えねばならなかった。



「お兄様も非常に興味を持たれるやり方ですね。それにつきましては、私も賛同いたしますし、お兄様もそうなることでしょう」



「そう言っていただけると、思案をしっかりと練れる。公爵殿には良しなに伝えてくれ」



「はい。こちらとしても、猊下のご活躍を来たしております。というより、国内事情を平和裏に片付けようとしたらば、もはや選択の余地がないとさえ言えます」



「まったくだ。情けない事にな」



 とにかく、事を納めるには、教団内部の腐敗を正し、大鉈を振るって大改革を行うしかない。それが、ヨハネス、ジェイク、ヒーサの共通認識であった。


 ただ、ヒーサだけは別の着地点を二人にバレないように、密かに用意しているため、いずれは血を見ることになるだろうと覚悟していた。


 結局のところ、松永久秀にとって“同盟”とは、利害が一致している間だけの期限付きの共犯者おともだち、それ以上でも以下でもないのだ。


 梟雄にとっての真の共犯者は、連れ合いの女神と秘密を共有し合う火の大神官、この二名だけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る