9-3 裏工作! 選挙活動はなにかと忙しい!

 徹底した実力主義。一番強い存在こそ皇帝である、という発想が全員一致で頭の中にあり、それ以外の命令や指示には反抗や消極姿勢を通していた。


 つまり、数が揃っても動かないということは、兵を動かせる“頭”がいない事を如実に示しているのだ。



(そう、この動きは頭の不在を意味する。数が数だけに、兵を募るのも、あるいは糧秣を集めるのも一苦労といったところ。巨大だからこそ、動きが鈍い。つまり、“皇帝”も“参謀”も前線に兵を送れてはいても、それを有効活用できていない。付け入る隙だらけね)



 これが各所からの情報を分析して得た、ヒサコの結論であった。


 とにかく厄介なのは、皇帝本人とその参謀である黒衣の司祭カシン=コジだ。この二人のどちらかが前線に張り付いたら危ういが、そうでないなら勝てる。


 数が多かろうとも、所詮は“烏合の衆”だ。一万の軍勢を相手にするのと、百人隊を百部隊相手にするのとでは、数は同じでも意味が異なってくるのだ。



「つまりは、数の上では不利であったも、勝機は十分にある、ということですか」



「はい。その点はご心配ありませんわ。それこそ、城壁にずらりと並ぶほどの首級を持ち帰らせていただきますゆえ、戦果報告を心待ちにしてください」



 えげつない事を笑顔で言い切るヒサコに、ヨハネスはブルリと寒気を覚えたほどだ。


 見た目は見目麗しい貴婦人でありながら、その中身は苛烈そのもの。知恵は回るが、身内以外に慈悲はない。


 敵とならば容赦なく狩り立てる。その微笑には、死が同居していると言って過言ではなかった。



「まあ、前線の事はそちらに任せるとして、こちらとしてはどう動けばよいか?」



「はい。猊下にはこのまま総本山『星聖山モンス・オウン』に戻っていただき、前線で戦闘が始まった事を可及的速やかに広めていただきたい。同時に、“聖戦”の発動と、前線で戦っている“シガラ公爵軍”への援護も周囲に訴えかけてください」



「…………! では、シガラの名を出すことで、ロドリゲスに逆張りを促すつもりか!?」



「ご明察、恐れ入ります」



 謀略戦が苦手と言っても、あくまでそれは慣れていないだけで、物事の意図を瞬時に見通す頭脳は持っている。


 ヨハネスの物わかりの良さは、ヒサコにとっては説明の手間が省けるので、なかなか好ましいものであった。



「これより、私は帝国に逆侵攻をかけ、戦果を上げて参ります。猊下が前もって聖戦の呼び掛けを行い、皇帝を迎え撃つための士気向上を狙います。が、ロドリゲスはシガラが活躍するのを快く思わないでしょうから、まず難色を示すでしょう」



「だろうな。前線の将兵からすれば、必死で外敵と戦っているのに、政治的要因で足を引っ張られてはたまりませんからな。利敵行為も甚だしい、と感じる事でしょう」



「いかにもその通りです。一致団結して帝国に立ち向かわねばならない時に、そのような権力闘争剥き出しの対応をされては、教団からますます人心が離れる事でしょう。逆に、“表面的には”敵対関係にあるシガラ公爵家であろうとも、国防に関しては協力できる、という状態を作り出しておけば、いずれ話し合いでの対立解消を模索できる余地が生まれます。無論、猊下が選挙で勝てば、ですが」



「鋭意、努力しよう。宰相閣下の後押しもあるからな。シガラとの関係を修復できそうなのが、私だけというのがなんとも情けないことではあるが」



 ヨハネスは常々思う事であった。今少し広い視野や先を考える頭があれば、今は対立している時ではないことなど分かろうというのに、目の前の利益や権威権力に執着し、大局を見失っている者ばかりだと嘆くばかりであった。



「しかし、宰相閣下も思い切ったことを考えられたな。選挙権のない者を煽り立て、以て教団内部の関係者を焦らせ、そこからこちらに票を集めさせようとは」



「はい。その辺りは兄も称賛しておりました。選挙制度を理解し、情勢を良く見て、最適解を導き出していると。あの御方になら、次期国王を任せられるとも」



「おや。公爵はアスプリクの件で手酷く糾弾していたようだが、それは解消されたのですか?」



「解消された、というより、忘れた、と言った方が適切でしょうか。今、アスプリクは法衣を脱ぎ捨て、叔母と共に年相応ののどかな田舎暮らしを満喫しています。ある時は農夫として、あるいは工房の職人として、それはのびのびとされています」



 ヒサコの言葉に嘘はなく、アスプリクは憑き物が落ちたかのように晴れやかに過ごしていた。


 術士と言う事で、色々と駆り出されることもあったが、それはヒーサが進める事業であって、喜んで協力する気になれている。


 特に今はエルフの食文化を広めるために、味噌作りや豆腐作りに精を出しており、ヒーサの視点からみればようやくメチャクチャだっ人生を取り戻しつつあると見えていた。


 いずれは、魔王との決戦のために戦線に投入するつもりではいたが、今は年相応の少女としての生活を満喫してもらうつもりでいた。



「そうか、それならばよい。私も外に出向して知らなかった事とはいえ、あの娘に教団幹部は大きな負債がある。これも私が法王になった暁には、解決するつもりでいる」



「そう言っていただけると、アスプリクも救われます。彼女もまた、教団幹部で唯一マシな奴、話の通じる相手だとも言っていました。猊下が法王になられたらば、彼女も教団への露骨な敵対行動を控え、関係修復に動くことでしょう」



「ますます励まねばならんな」



 次の選挙の結果如何で、国の行く末が、あるいは教団も、王家も、各貴族も、大いに影響が出てくる。


 国内の対立を調整し、できる限り平和裏に終わらせるために奮わねばならないと、ヨハネスは決意を新たにするのであった。

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