8-44 豆腐食べたい! 姪っ子からのお願いです!

 エルフの食文化を取り入れる。一見、趣味や嗜好が全開のように見えて、きっちり戦の事も考えているのはさすがだと、一同が驚いていた。



「味噌は保存が利いて、水に溶かせば汁物スープになり、焼けばそのまま食べる事もできる。用途の広い万能の食材だ。これを大いに普及させるぞ」



 ヒーサの意志は固く、大戦の前にできる限り増産する旨を伝えた。



「差し当たって、アスティコスはアスプリクとシガラの屋敷に行ってくれ。そこで箸の作法や味噌作りを手掛けてもらう。二人でよろしく頼むぞ。屋敷の料理人は好きに使っていいし、執事や侍女頭に作法について教えておけば、あとは徐々に浸透していくだろう」



「分かりました。できる限り頑張らせていただきます」



 アスティコスとしては申し分ない職場であった。料理は得意であるし、箸の使い方を教えるくらいは造作もないことであった。


 何より重要なのは、姪のアスプリクと一緒に働けると言う事だ。他の事などどうでもいいが、姪と楽しく過ごすことだけが生き甲斐であり、同じ職場で働けて、かつ危険な仕事でないと言うことがこれ以上にない職場であった。



「そう言えば叔母上、母の日記から知ったんだけど、“トーフ”って物を食べてみたいのだが、それは作れるかな? ヒサコに頼んでいたのに、持ち帰りができなかったみたいなんだ」



「豆腐? あれも大豆が原材料だから作れるわ。まあ、豆腐は持ち運びには不向きだからね。柔らかいから軽い振動で崩れるし、そもそも日持ちしないし、作ってすぐ食べないとダメよ」



「ああ、そうなのか。美味しい上に健康にもいいと日誌に書いていたから、兵糧にでも行けるかと思ったんだけど、それじゃ無理だね」



 アスプリクは残念そうにため息を吐いた。


 ヒーサとしても豆腐は好きだが、兵糧に不向きであるため増産するわけにはいかなかった。戦が近い分、そちらにリソースを割かねばならず、限りある資源や人手をどう有効活用して、兵糧等の物資生産に繋げるかを考えねばならない。


 残念ではあるが、優先度は低い。


 だが、その時、ピンと閃きが走った。ルルを見て、あることに気付いたのだ。



「待て。保存に適した豆腐がある。“凍み豆腐”だ」



「初めて聞く名前の豆腐ですが?」



「え、あ、うむ、超古代文明の文献に載っていてな。なんでもその時代には豆腐を凍らせて食べていたのだそうだ。凍らせてしまうと中の水分が抜け、更に乾燥させるとガチガチになる。通常の豆腐とは比べ物にならない硬さだが、水で戻すと何とも言えない味と食感を楽しめる、のだそうだ。保存性も高いぞ」



 超古代文明などとデタラメを言いつつ、ヒーサは“凍み豆腐”の説明をした。


 ルルのような氷系の術式が使えるのであれば、密室を疑似的に冬にしてしまえると考え、それを思いついたのだ。



「あくまで余裕があれば、でよいぞ。優先するべきは味噌作りだ」



 折角エルフの職人が手に入ったと言うのに、今は楽しんでいる余裕がないというのが、ヒーサには残念で仕方がなかった。


 戦支度が最優先であり、そのための備蓄兵糧の増産こそ急務であるからだ。


 なにより、テアとティースの視線が痛かった。


 テアがポンとヒーサの肩に手を置き、ティースもきつい表情のまま睨んできていた。


 どちらも、早く本題進めろ、そう態度で訴えかけていた。


 テアにしてみれば魔王対策が最優先事項であり、ティースもティースで憎いヒサコの動向やら予定はどうなるのかと把握しておきたかった。



「あ、うむ。話が兵糧についての件で逸れ過ぎたな。で、ヒサコからの提案なのだが、挙式のためにヨハネス枢機卿猊下がアーソの地に向かっているが、まずこれに事情を説明し、帝国領への逆侵攻についての説明をしておく。教団側への牽制を兼ねてな」



「ああ、なるほど。もし、帝国領への侵攻中に背後を突くような事があれば、それは明確な利敵行為。それを教団幹部に示しておくというわけか」



 アスプリクは即座にそれに気付き、納得して頷いた。


 なお、これはティースへの牽制も兼ねていた。この状況でヒサコにちょっかいを出せば、お前自身もタダではすまんぞ、と暗に述べたに等しい。


 ヒーサはチラリとティースを見ると、人前でなければ舌打ちでもしてそうな顔をしており、言葉の意味を理解しているようなので話を続けた。



「予定通り、アイク殿下とヒサコの挙式をして、それが終わり次第、召集をかけておいた軍と共に帝国領になだれ込むということだ」



「ハハハッ! ヒサコらしい行動だね! ドレスから甲冑に、式場から戦場へ、ってわけか!」



 ここでアスプリクに釣られてあちこちから笑いが漏れ出した。ヒサコの破天荒な言動は周知のものであり、いかにもらしいということが笑いを誘ったのだ。



「まあ、ドレスから甲冑へは二番煎じだがな。なあ、ティース?」



「あ、はい、そうですね」



「輿入れの時に初めて公爵領にやって来た時、甲冑に馬上筒まで装備して、竜騎兵ドラグーンの格好で現れたからな。完全武装の花嫁をいかにして脱がせてやろうかと、我ながら難儀したほどだ!」



 ここでまた笑いが起こった。


 実際、ティースは輿入れの際、甲冑を身に付けてヒーサの前に現れたのだ。


 敵地に乗り込む覚悟と言うのを示すためであったが、今にして思えば過剰演出であったと考えなくもなかった。


 だが、その場に親の仇がいたことを最近知ったため、正解であったと考え直していた。

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