8-42 通達! 重要なる三つの事柄!

 ティースと大喧嘩をした翌日、ヒーサはカウラ伯爵領にいた主だった顔触れに召集をかけ、屋敷の一室に集めた。


 上座には当然、公爵たるヒーサが座し、その横には秘書官のテアが控えていた。


 そして、長机に、ヒーサから見て右にティースが座り、その後ろに彼女の従者であるナルとマークが立っていた。


 さらに左手には、アスプリク、アスティコス、ルルの三名が座った。



「さて、皆忙しい中、集まってくれて助かる」



 ヒーサのこの一言から会議が始まったが、どうにもおかしいというのは、出席者全員感じていた。


 というのも、ティースが恐ろしく不機嫌で、それが如実に顔に出ていたのだ。


 ヒーサとティースが喧嘩した、との話もあったが、真相は聞いていなかった。


 アスプリクはなんとなくケンカの理由を察し、聞かない方が無難かなと考え、特に探りを入れるような真似はせずにいた。


 アスティコスはそもそも隣に座る姪っ子のこと以外には興味がなく、ルルの方は主家の家庭事情に首を突っ込むのは良くないと考え、気付かなかったことにしていた。



「でだ、報告すべきことが三つある。私にとって喜ばしい事、ヒサコにとって喜ばしい事、そして、ヒサコから届いた通達について、だ」



 ヒサコという名が出た途端に、ティースが更に表情を険しくしたので、どうやら不機嫌な理由はヒサコにあるなと、机を挟んでティースと向き合っている三人は察した。



「順番に話していくと、私にとって喜ばしいことだが、ティースが懐妊した」



 おお、という感嘆の声と共に視線がティースの方に集中した。居並ぶ顔触れから拍手が起こり、表情は険しいままだが、ティースはペコリと頭を下げ、それが事実であることを態度で示した。



「そうかそうか! ティース、おめでとうだね! 出産の立ち合いは僕に任せてくれ!」



 アスプリクは大はしゃぎで自分を売り込んだ。


 貴人の出産の際には、出産時に万一の事があったときのために、術士が立会人になるのが慣わしであった。例えば、産婦の身体や精神を強化したり、あるいは治癒の術式をかけたり、体温を調整したりと、何かと忙しい。


 そう言う意味では、この場の顔触れは最適解と言えた。


 アスプリクは強化の術式を心得ているし、アスティコスとマークは治癒の術式を使え、ルルは水系の術式で体温調整ができた。


 この顔ぶれを揃えたのはそういうことかと、皆が納得した。



「と言っても、産み月はまだまだ先の話であるし、近くなったら改めて声をかけるとしよう。それまでの間、ティースには皆も優しくしてやってくれ」



 などとこの中でティースに対して一番優しくない男が述べたが、表面的な意味合いしか受け取らなかったため、カウラ伯爵家の三人組以外はそのことに気付いていなかった。


 ティースの機嫌が悪いのは、ヒサコの件と、妊婦の抱える様々な諸問題のためだな、と勝手に解釈してしまったというのもあった。


 同じ言葉を投げかけても、机を挟んだ列ごとに、受け取り方や解釈がこうまで差が出てしまうと言うのも珍しかった。



「次の話に移るが、今度はヒサコの慶事についてだ。宰相閣下からの通知だが、アイク殿下とヒサコの婚儀を認め、その挙式をヨハネス枢機卿猊下が取り仕切るのだそうだ」



 ティースの懐妊に続き、ヒサコの結婚と、立て続けのめでたい報告に、場がまた湧き立った。



「公爵様、おめでとうございます! あたしが言うのも僭越ですが、アーソの住人を代表いたしまして、お祝い申し上げます」



「ルルよ、ありがとう。今回の婚儀をもって、アーソの地はアイク殿下が代官として赴任し、その補佐としてヒサコがあたることになる。同地の安定化に向けて、こちらも注力できると言うものだ。カイン殿や他の移住者組にも知らせてやると良い」



「公爵様のご厚意には、感謝の言葉もございません! 今後、更なる働きを以て、その返礼とさせていただきますので、なにとぞ良しなに」



「うむ、ルルも、その他にも、大いに期待しているぞ」



 現地民にしろ、シガラへの移住組にしろ、アーソの人々にとって、アーソの復権と安定化は最大の関心事であり、そのための手を次々と打ってくれているヒーサには、絶大の信頼を置いていた。


 最前線にもなる場所に、妹を派遣している事からもその本気度が伺い知れると言うものであった。


 だが、その妹が良からぬ企てをしているのを知っているため、ティースの表情は険しいままであった。


 なお、慶事の報告であってもティースの顔が険しいのは、何かと仲の悪いヒサコに関することであるのと、妊婦特有の体調不良のせいかと、列席者には解釈され、特に気にされることはなかった。


 また、アスプリクはこの婚儀の裏に潜む政治的な意味も洞察したが、ヒーサは全部知った上で動いているし、いちいち話す必要もないか判断し、ただの祝辞を述べるだけに留めた。



「さて、めでたい話はここまでだ。むしろ、こっちが本命の話し合いと言うべきかもしれん。ヒサコから早馬で通達が届けられた」



 ヒーサの言葉に、ティース、ナル、マークは姿勢を改めて正し、身構えた。先の二つの話は周知のものであり、特に目新しい情報はなかったのだが、今ヒーサが握っているヒサコからの手紙については何も知らなかった。


 ヒサコからの通達であれば、どうせろくでもない事だろうと考えたが、“敵”についての動きや情報は掴んでおかねばならない最優先事項であり、一言一句聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませた。



「で、この報告書によると、ヒサコはネヴァ評議国から戻ると同時に、ジルゴ帝国に密偵を派遣し、情報収集にあたっていたそうなのだ。そして、大規模兵力が集結中との情報が手に入った」



 やはり来たか、というのがおおよその反応であった。


 ジルゴ帝国はまとまりのない集団である。数多の亜人、獣人の集合体であり、各部族ごとに覇を競い合い、はっきり言って国としての体をなしていない。だが時折、本物の実力者が他部族を統合し、皇帝を名乗る事があった。


 そうなると本来、内に向けられていた力が外に向かうこととなり、カンバー王国やネヴァ評議国にとっては悲劇の始まりとなる。


 そして今回、皇帝が生まれ、また“魔王”を名乗っており、いずれは衝突すると覚悟していた。



「そ、それで、情勢としてはどうなのですか!?」



 ルルの声には焦りがあった。なにしろ、ルルの出身地であるアーソは帝国と面する場所にあり、真っ先に戦場になる可能性が高いのだ。


 現に数年前にも小鬼ゴブリン族の大規模侵攻があり、その際にルルの父親も戦死していた。


 その記憶がよみがえり、気が気でないのだ。



「報告によると、小鬼ゴブリン族の居留区に一万からの兵力が集結しているとのことだ。また帝国各地からも続々と集結中で、少なく見積もっても五万。最大で十万にも達するとのことだ」



「じ、十万!?」



 あまりの数の多さに、ルルは絶句した。


 アーソの地の防備の固さは知っているが、それでも十万ともなると厳しい数であった。故郷が大変なことになると考え、それが汗となって体から滲み始めた。


 どうにかしなければと、ルルの焦燥感は増す一方であった。

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