8-34 詰問! 嘘つきの夫を問い詰めろ!(4)

 どうにかさっさと終わってくれと冷や汗ダラダラの女神をよそに、怒り(演技)を吐露したことによってヒーサは落ち着いたのか、再び席に着いた。



「ヒサコはな。策を成就させるために、私に程近い人物を抱き込み、情報の引き出しと実際に動く際の補助を画策したのだそうだ。最初はテアを抱き込もうとしたのだがな」



 そう言って、ヒーサは横に控えていたテアに視線を向けた。


 予想外の振りにテアは内心ビクッとしたが、ヒーサの策に乗って演技をするなどいつもの事なので、どうにか平静を装えた。



「ええ、その通りです。今にして思えば、それっぽい話をしていました。まあ、一切興味の湧かない内容でしたので、流して無視を決め込みましたが」



 テアもシレッと嘘を付いたが、そうせざるを得なかった。


 テアにとっての優先事項は、魔王に対する事柄であり、今こうして身内同士でいがみ合って、潰し合うなど時間と労力の浪費以外の何物でもないのだ。



「そこで目を付けたのが、リリンだ」



「確か、事件の程近い時期に、ヒーサの専属侍女になったという少女ですか」



「ああ。彼女は私に体を差し出して、それとなく懐に飛び込んできた」



「フン! スケベ心が仇になったと言うわけですか! ヒーサらしい失態ですね!」



「ああ、それに付いては言い訳できん。古来より、秘密の漏れ出る出入口は、“金”あるいは“女”だと言うからな。当時はただの新米医者であり、自分を色香で惑わしてもなんの意味もないと考えていたし、初めてで花嫁に粗相があっては失礼だと言われ、それに乗ってしまった」



 ヒーサは肩をすくめて失笑し、かつての自分を嘲笑ったが、その態度はティースを再び怒らせた。


 また手を机に打ち下ろし、再び身を乗り出してきた。



「なるほど。ヒサコが策を巡らせるにあたって、色々と情報を仕入れていたのは当然でしょうが、その出所はヒーサであった、と?」



「ああ、その通りだ。すでに過去の出来事だが、リリンの動きに今少し注意を払っていれば、あの毒殺事件は未発で終わっていただろう」



「では、その侍女がヒサコに尻尾を振った理由は?」



「原因は私だ」



 バカバカしい事だ、と言わんばかりにヒーサはため息を吐いた。



「リリンは私に惚れていたのだそうだ。で、先程の理由で私と肉体関係を持った。だが、それはヒサコの誘導で、最終的には婚儀の件をぶち壊しにして、そのまま愛人枠で私の側に居座ろうとしたのだ。そうした関係も結婚するまで、と約束していたからな」



「なるほど。全部ぶち壊しになれば、そのリリンとかいう侍女も、ずっとヒーサの恋人役。あわよくばそのまま孕んで、愛妾として居場所を確保する、と」



「ああ。その手の事をささやいてそそのかしたと、後でヒサコに聞かされたよ。あと、余計なことを喋らないように、報酬を渡すと言って誘き出し、キッシュ殿を落石事故に見せかけて殺したゴロツキ共と一緒に始末した。同士討ちしたかのように見せかけ、同時に懐へ『六星派シクスス』の聖印ホーリーシンボルまで仕込む念の入れようだ」



「下劣……。どこまでも下劣だわ! 兄妹揃って!」



 ティースの吐き捨てるような言葉に、ヒーサは何も言わずに受け止めた。



「父の死については、あれは自殺だったのですか?」



「自殺だったのは間違いない。ただ、ヒサコが煽って、自殺を半ば無理強いしたがな」



 自殺と言う点では、疑ってはいなかった。なにしろ、御前聴取の席において、ヨハネスが【真実の耳】を使って、その答弁において自殺したと断定したからだ。


 だが、それを無理強いしたのであれば、話は変わってくる。



「ヒサコはなんと言って、父を自殺に追い込んだのですか?」



「原因はティース、お前だ」



「私が、ですか?」



「ヒサコはこう言ったのだそうだ。『このまま事態が推移すれば、公爵家と伯爵家で戦争になる。そうなれば残された娘が歯止めのかからぬ兵士達の慰み物となり、悲惨な姿を晒すでしょう。そうなりたくなかったら、あなたが首を吊って、公爵家の溜飲を下げましょう』とな」



「あ、あいつぅぅぅ!」



 あろうことか、自分をネタにして首を吊らせたのだと言う。ティースは再び激怒し、何度も何度も机に拳を振り下ろした。


 いよいよ手の皮が割け、血がに噴き出てきたので、慌ててナルが止めに入った。



「ティース様、お気を確かに! 落ち着いてください!」



「落ち着いていられるわけないでしょ! こんな、こんなことって……!」



 ティースは泣いた。ナルにもたれかかり、その胸元に顔を埋め、体中を震わせながら泣いた。


 ナルはそれを優しく撫でてあげ、同時にヒーサを睨み付けた。



「公爵、追加の質問です! その際に地下牢にいた伯爵家の家臣達は?」



「それは私が始末した。自殺に見せかけてな」



「やはりそうですか!」



 ナルの方にも殺意が湧き、つい懐の隠し持つ暗器に手が伸びかけたほどだ。



「証人の隠蔽、ですね?」



「そうだ。ボースン殿が自殺し、もはや解決の道筋が無くなった。ならば、公爵家にとって不利になりかねない証人は、残らず消しておかねばと考えた。あの混乱した状況なら、主君への殉死という形が取りやすいからな」



「抜け抜けとよくも言えますね」



 ナルもすでにやる気満々なようで、主人に気を遣いながらも、臨戦態勢であった。


 マークも近くに寄って来ていて、ティースの手の怪我を術式で癒していたが、注意は明らかにヒーサに向けられていた。



「さて、事件の裏を話すだけ話したが、どうするかね? 私やヒサコを殺して、それで気が済むのであればそうするがいい。そちらが激怒するのには十分すぎる理由があるし、激発してその懐の短剣で刺殺されるのも報いと言えば報いだ。甘んじて受けよう」



「そうしたいのは山々ですが……!」



 ナルとしても、このままヒーサを殺してしまった方が気分的には楽になれるだろう。


 だが、それは同時にカウラ伯爵家の、ティースの破滅を意味していた。


 毒殺事件以降、ナル自身は自分の命など、とうの昔に諦めていた。復讐のために刺し違えることすら辞さない覚悟で、事件の真相を探って来たのだ。


 そして、ついに答えに辿り着いた。


 だが、皮肉なことに、復讐を果たすことはできない。ヒーサに問われたように、伯爵家の復興よりも、ティース個人の幸せを望むと決めてしまったからだ。


 主人の破滅を回避するには、どうしても世界一信用の置けない目の前の男の協力が必要なのだ。



「私は、ヒサコを暗殺しに行きます。よろしいですね?」



 お前の妹を殺す。そうキッパリと、ナルは言い切った。身内を始末することへの許可であった。


 同時に事後処理をやってくれ、という要求でもあり、全面的に協力を取り付けることを意味していた。


 ようやく泣き止んだティースも、改めてヒーサを睨み付け、それにマークも加わり、三人で睨み付けて詰め寄る格好となった。


 ヒーサがどう反応するのか、三人の意識が目の前の男に集中した。


 だが、ヒーサは無言で首を横に振るだけであった。



「今のは、拒否する、という認識でよろしいですか?」



 首を横に振った以上、そうとしか取れなかった。


 ナルの冷かな声は、いよいよ殺意が限界まで高まっていることを見せ付けているようであり、常人ならばそれだけで失神させるのに十分なほどの迫力であった。


 しかし、ヒーサはその程度で怯むことも、拒否を覆すこともぜず、ただ手紙を三人に差し出した。



「お前達には無念な事なのだが、一手遅かったぞ。残念ながら“ヒサコの勝ち”だ」



 差し出された手紙を広げ、それに目を通した。


 そして、三人は同時に目を丸くして驚き、やられた、と悔しそうに歯ぎしりするのであった。

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