8-33 詰問! 嘘つきの夫を問い詰めろ!(3)

 表面的な態度は落ち着きを見せたが、室内の熱気はそのままだ。普段は冷静なヒーサですら、激高して怒鳴ってしまうほどであり、夫婦間の対立が極めて深刻なところまで来ていることは、誰の目にも明らかであった。


 なにしろ、カウラ伯爵家が実質的に崩壊した毒殺事件の裏の事情を、ヒーサが知っていながらティースに黙していたのだから、当然と言えば当然であった。



「ヒサコがやらかしたと言う裏の事情、全部吐いていただきたい」



「いいぞ。私の把握している限りのことを話そう」



 口調こそ元に戻ったが、ティースの放つ敵意はそのままであった。


 無論、側に控えているテアには、それが真っ赤な嘘だと言うことは分かり切っていた。話すも何も、あの事件はヒーサ・ヒサコの中身である戦国の梟雄“松永久秀”が一人で考え、準備した家督簒奪の一人芝居だと知っているからだ。


 “共犯者パートナー”としてすべてを見てきた身としては、この妻であり最大の被害者からの詰問をどうかわすのか、興味はあった。



「まず、ヒサコがなぜあのような暴挙に出たのか、それを聞きたいです」



「父への復讐、だ。伯爵領の強奪は“ついで”だそうだ。成功すれば儲けもの、くらいの感覚だな」



 この一言に、ティースはカチンと来て、眉が更につり上がった。その“ついで”とやらのせいで、カウラ伯爵家が崩壊したのであるから、当然の反応であった。



「前にも話したが、ヒサコは庶子であり、誰に知られることなく、領内の片隅で暮らしていた。一応、自分の血を分けた子供でもあるし、私の父マイスもそれなりの援助はしていたそうだ。だが、自分と母を捨てたと考えてずっと育ち、いつか復讐してやると思案していたそうだ」



「それが、私とヒーサの婚儀の際に、あのような事件を、と」



「そうだ。ヒサコは父を殺すつもりでいた。だが、単純に殺しただけでは、いずれバレて報復されるとも考えた。そこで自分を庇い、秘密を隠してくれる共犯者を求めた」



「それがヒーサだというわけですか」



 ティースの鋭い睨み付けが、再びヒーサに突き刺さった。ヒサコの共犯、それだけでも目の前の男は万死に値する、そう考えているからだ。



「父を殺しただけでは、家督は兄マイスに移るだけ。だが、もし私が家督相続すれば、自分の“裏”をある程度認識している私が矢面に立てば話は別。あるいは庇ってくれるであろうと目論みの下、あの事件を引き起こしたのだ」



「では、なぜあのような凶行を見過ごし、ヒサコを庇い立てするような真似を!? 事件発生当時に処断していれば、ここまで話がこじれなかったのに!」



「ティース、お前の言い分はもっともだ。だが、ヒサコが私に告白したのは、御前聴取の後だ。あの段階では『六星派シクスス』の陰謀という線で話が固まっており、公表すると却って混乱するであろうことは明白だ。まあ、それを見越した上で、あの時期に告白したのであろうな。『公爵家の当主となり、家の存続や立て直しを図るお兄様なら、まず秘密にしていてくれるだろう』というのがヒサコの目算だ。実際、その通りだったわけだがな」



 ヒーサは淡々と冷静に話しているが、ティースは今にもヒーサに飛び掛からんとする勢いであった。


 それを堪えているのは、時折ナルが主人の腕を掴み、それを止めているからに過ぎない。



「では、そのことを私にまで黙っていた理由は?」



「あの頃はティースが嫁いできて間もない時期だ。“お前”もそうだったように、“こちら”もお互いの事をよく認識できていなかった。話して大丈夫か、とな。下手に公表されようものなら、シガラ公爵家は今度こそおしまいだっただろうからな」



「それは分かりますが、だからといってどこまでも秘密を貫いたのは解せません。場が落ち着いた段階で、少なくとも私達三人には話しても良かったのでは!?」



「いいや、結果として情報を隠匿しておいて正解だったと思っている。現に、セティ公爵家がこちらの勢力削減を狙って動いていたのは、後の話だがアーソでの反乱事件から発覚したしな。もし、ティースが下手を打てば、これ幸いとこちらに触手を伸ばし、食い尽くされていた。その点では、私は自分の行動を正当化させてもらう」



「よくも抜け抜けと!」



「貴族にとって、家の存続と繁栄は第一に考えねばならんことだ。ティースが伯爵家の復興を考えているように、私も公爵家の事を第一に考えねばならんのだ。本来なら、互いにそんなことを考えなくてもいい立場だったはずなのだが、どうにもヒサコの復讐劇に巻き込まれて、面倒事を背負い込むことになってしまったな」



 どこか他人事な態度に、いよいよティースがキレた。ナルの制止を振り払い、勢いよく両手を机に打ち下ろし、身を乗り出してヒーサに詰め寄った。



「なんですか、それは! ヒサコを自由にした結果、どれほどこちらが損害を被ったとお考えで!?」



「黙れ! ティース、お前には父と兄を自分の手で殺めてしまった、この私の気持ちが分かるとでも言うのか!?」



 ヒーサも激高して椅子から立ち上がり、こちらも手を机に打ち下ろした。


 顔を近付け、睨み、互いの呼吸が届きそうなほどの距離だ。普段なら口付けの一つでもしてしまいそうな夫婦であるが、今はその感情など地の底へと投げ捨てられていた。



「毒キノコの件は知っての通りだ。誰でも下戸になる『一夜茸ひとよたけ』を利用した、毒殺の詐術トリックは聞いたであろう? 事件発生時、私は往診で帰りが遅くなり、屋敷に戻ってきたら、父と兄が中毒症状で倒れていた。食材からすぐに毒キノコの存在に気付き、中毒を緩和させる薬を用意させた。だが、薬を持ってこさせた侍女が、ヒサコに篭絡されて、解毒薬ではなく、中毒を加速させる薬を私に渡してきたのだ。そうだと知らずに、私は二人に偽薬を飲ませてしまった! だから、二人を殺したのは私なのだ!」



 ヒーサの剣幕は凄まじかった。普段温和なだけに、そこまで激怒した顔を見たのは初めてであり、その迫力はティースを委縮させるのに十分過ぎた。


 そこは十七の娘と、七十の梟雄の差であった。



(迫真……! 今までにない熱量を感じる“演技”だわ。マジでこのまま作り話カバーストーリーで押し切るつもりなの!?)



 無言で見ているテアからすれば、ヒヤヒヤものの状況であった。


 なにしろ、ティースの横にいる二人の暗殺者が動き出した瞬間、ヒーサの死が確定する。


 それはすなわち、自分の落第を意味するからだ。


 そして、思った。どうか不時着レベルでいいから着地してくれ、と。

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