悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
8-35 詰問! 嘘つきの夫を問い詰めろ!(5)
8-35 詰問! 嘘つきの夫を問い詰めろ!(5)
「なんですか、これは!?」
室内に再びティースの絶叫が響き渡った。ヒーサより渡された手紙を見ての反応であったが、主人と肩を並べて見ているナルやマークも同様の気分であった。
「何だと言われても、見ての通りだ。“ヒサコ”と“アイク殿下”の結婚のご案内だ」
そう手紙の内容は、ヒサコとアイクの結婚に関する話が記載されていた。
ヒサコとアイクは芸術絡みで意気投合し、結婚話が持ち上がっていた。
片や公爵令嬢であり、もう一方は第一王子と、なかなかに似つかわしい最上位の組み合わせと言うわけだ。
だが、ここへ至る道順は極めて複雑で、かつ政治的な話まで絡んでいた。
そもそもヒサコは公爵令嬢と言えど“庶子”であり、王族との婚儀など保守的な考えを持つ者からすれば、とんでもない話であった。
特に庶子を『神よりの祝福を受けぬ者』とする教団の連中にとっては、当然反対する案件であった。
結婚式などの儀式も教団が取り行っているため、教団の気に入らない組み合わせは潰されるか、あるいは相当な献金を要求されるのが常であった。
しかし、そこへ一石を投じたのが、ヒーサの行った“宗教改革”と“聖人認定”であった。
シガラ公爵家は教団の持つ最大の特権“術士の独占的な管理運営権”に変更を加えるため、あえて教団側に喧嘩を売ったのだ。
具体的には、アーソにいた隠遁していた術士をシガラに移し、それをほぼ好き勝手に運用したり、あるいは教団の収入源となっている“十分の一税”を廃止したりした。
ここで話がこじれると、さらにシガラ教区を実質的に独立させ、教区の責任者であったライタン上級司祭を法王に就任させたりと、その対立は決定的となった。
その過程で、ヒサコとアスプリクの聖人認定は取り消しの憂き目となり、逆にライタンが勝手に二人を聖人として任じたりと、もはやメチャクチャな状態になっていた。
ここまで来てなお、教団とシガラ公爵家が全面戦争になってないのかと言えば、王国宰相のジェイクが全力で教団の引き留めを行っていたからだ。
宰相と言う立場が王国内での騒乱を嫌い、とにかく冷静に話し合って解決できなかと、方々に調整をして回っており、それが結果として全面的な崩壊を止めていたのだ。
「宰相閣下が随分と熱心に動いていたからな。どうもヒサコがネヴァ評議国から帰ってくると同時に、式を上げてしまおうとの魂胆だったそうだ」
「早い……、いくらなんでも早すぎる! 宰相閣下は何をお考えに!?」
ティースとしては、信じられない思いであった。ヒサコが桁外れの性悪女であることは、かなりの数の人間が知っているはずなのだ。
にも拘らず、ジェイクが実兄とヒサコの婚儀を積極的に進めるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「ティースの反応も当然と言えば当然だ。だがな、ヒサコは性格に難ありなのだが、身内には優しいのだぞ。外側の人間には容赦もないがな」
「ヒーサには優しかったですからね!」
「そう嫌味を言うな。ヒサコは庶子として実質捨てられた身だ。“家族観”は歪みに歪んでいる。ヒサコは基本的に、異物を排除するという思考で動いている。その裏返しとして、身内認定した者には尽くす、と言った感じなのではと私は推察している。内側に入るための審査基準は、かなり厳しいものがありそうだがな」
実際、ヒーサはそのようにヒサコを操作していた。
ヒサコで小突いて相手の反応を見て、使えるのか、あるいは切り捨てるべきなのか、それを判断するための方法としていた。
特に念入りだったのは、目の前のティースに対してだ。
なにしろ、夫婦となれば、一緒に過ごす時間が多く、まして同衾するともなると、念入りに調べておくのは当然と言えた。
しかも、ティースはヒーサに対して疑心を抱いた状態で嫁いできたのだ。妻と残すべきか、それもと財産を絞り上げて始末するべきか、よくよく吟味された。
結果、ティースはヒーサの伴侶として合格した。
なお、現在は伏せておいた情報に感づかれ、夫婦仲は絶賛崩壊中であったが。
「それはいいにしても、宰相閣下がこうまで急がれている理由は?」
「間違いなく、アーソ辺境伯領の安定化だろうな。アーソは前領主のカイン殿が引退し、相続の関係で今は閣下の奥方のクレミア様が領有権を持っている。しかし、宰相夫人、じきに王妃となられる御方が最前線の土地に行かれるわけにはいかない。そのための代理としてアイク殿下が赴任し、その補佐としてヒサコが必要というわけだ。王族の統治による安定化と、来るべき帝国との戦争に備えての体制作り。私が閣下の立場でも、まずそれを考える」
ヒーサの説明は、ティースにも理解できることであった。
特に、アーソに隣接するジルゴ帝国の皇帝が即位したと言う話があるため、まさに激戦が予想される土地なのだ。
それを急いで固めるとなると優れた指揮官が必要であるし、その白羽の矢が立ったのがヒサコと言うわけだ。
「ヒサコはアーソの地で人気がある。特に、軍関係者ほど評価が高いと、現地に派遣しているサームから報告が来ている。あの性格の悪さが、今度は王国を守る壁となるのだ」
「だから見逃せと言うのですか!?」
ティースは握っていた手紙をヒーサに投げつけ、再び机に手を打ち下ろした。その表情は怒りに満ち、体を前のめりにして、ヒーサに詰め寄った。
「今、帝国の侵攻が目前に迫っている。もしここで前線に張り付いているヒサコを失うことになってみろ。帝国との戦線に穴を空けるようなものだぞ」
「分かっています! でも!」
「それに、もう一つ重要なことがこの手紙には記されている」
そう言って、ヒーサは手紙を再び広げ、その重要な箇所を指さした。
曰く、「結婚式を取り仕切るため、ヨハネス枢機卿が出立した」と記されていた。
「そう、それもです! なぜヨハネス猊下が動かれるのですか!? 現在、教団とシガラ公爵家は、実質断絶状態です。公爵令嬢であるヒサコの式を、最高幹部の枢機卿が行うなど有り得ないはずでは!?」
「まあ、ティースの疑問ももっともだが、対立しているからこそ動いたのだ。両者の橋渡しと、穏便な解決を望む、ということを見せ付けるためにな」
現在、教団側は次期法王を決めるべく、
候補となるのは五人いる枢機卿のいずれかなのだが、その内で筆頭候補はロドリゲスであった。票固めも進んでおり、まず法王間違いなしと思われてきた。
ところが、シガラの地に訪問した際に大失態を犯してしまった。
ヒーサに喧嘩を売り、しかも返り討ちにあって、ティースの見事な横槍の末に、土下座まで強いられる結果になった。
しかも、どういうわけかアスプリクを辱めたと言う嘘情報が拡散し、民衆が大いに反発したのだ。
ヒサコ、アスプリクの聖人認定取り消しも相まって、今やロドリゲスは教団腐敗の象徴とまで謳われ、内部ではまだ勢力を保っているが、一歩外を歩けば石をぶつけられるほどに嫌われていた。
ここで立ったのがヨハネスであった。
教団の腐敗を正し、改革を断行することを公約にして、
現在の選挙情勢としては元々地盤を固めていたロドリゲスが優勢であるものの、ヨハネスが凄まじい追い上げを見せており、結果の見えぬ状態になっていた。
そのため、両者も自身の支持者を増やすべく、様々な働きかけを続けていた。
「つまり、ヒサコの式についても、その綱引きというわけだ。シガラ公爵家を徹底的に潰したいロドリゲス、対して対話での解決を望むヨハネス、という具合にな」
「主戦派と穏健派、保守派と改革派、そうしたせめぎ合いというわけですか!?」
「そういう事だ。ヨハネス猊下としても、具体的な行動を見せ、旗色を鮮明にしておきたいのだろう。結局、今回の選挙の主題は色々と言われているが、結局のところ、“シガラ公爵家とどういう関係でいたいのか”だからな」
術士の運営権、十分の一税廃止、法王の僭称、ジルゴ帝国との対決、それらすべての中心にいるのが、シガラ公爵家であり、ヒーサ・ヒサコ兄妹なのだ。
「さあ、お前達はどうする気だ?」
これを国家規模で投げ付けているのだ。
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